ニュージーランド南島は各地にポウナム(軟玉)の産地があり、それぞれ豊かな表情を持った石が見つかっています。先住民マーオリの伝統的なポウナムの供給源はウェストコーストのウェストランド地域にあるタラマク川とアラフラ川流域、それにオタゴのワカティプ湖です。ほかにも小規模な産地がいくつかありますが、たいてい近年になって開発された場所です。産地のほとんどは二次的な漂砂鉱床で、山岳地帯にある初生鉱床を掘る例はわずかです。海に近い川底から大量の軟玉が見つかるのですから、わざわざ便の悪い山奥まで掘りに行くことはないわけです。
軟玉は強靭で、質のよいものほど転石となって遠くまで運ばれてゆきます。もっとも質のよい石は、しばしば海岸付近に集まっています。
マーオリにはポウナムの種類や形状に関するおよそ200の言葉があるといいます。この石に寄せる関心の深さが語彙の豊かさによっても分かります。
とはいえ、西洋人がやってくるまで文字を持たなかった彼らには、同じ類の石を呼ぶいくつもの言葉、特定の部族でしか通用しない言葉も多く、ふつうは20種程度の区分で用が足りるようです。さらに絞れば、カワカワ、カフランギ、イナンガ、タンギワイの4つが主な種類になります。このうちタンギワイは鉱物学的に軟玉(ネフライト)でなく、蛇紋石の一種ボウエナイトなのですが、彼らはこの石をほかの軟玉と明瞭に区別しながらも、やはりポウナムとして扱っています。
準軟玉(透閃石〜鉄緑閃石)と呼ぶべき繊維結晶質の石も石器の材料として重宝されてきた歴史があり、やはりポウナムとして扱われています。ちなみにニュージーランドでは硬玉(ひすい輝石)の産地は知られていません。
ニュージーランド南島の軟玉産地(緑色のエリア)
南島に軟玉が産する由縁について、マーオリはさまざまな伝説を持っています。
硬砂岩の化身として知られるヒネ・ツア・ホアンガ(女性)は軟玉の化身であるポウティニ(魚の姿を持つことでも知られる)と一緒に暮らしていましたが、ある時二人は仲たがいをして、それ以来ホアンガはポウティニの姿を見ると攻撃してくるようになりました。ハワイキに住む航海者のナフエは、彼の魚であるポウティニの身を案じ、一緒に海を渡って逃げ出しました。
二人はニュージーランドまでやってきて、ツファ(メイヤー島:北島の北岸付近にある島で大量の黒曜石を産する)に落ち着きました。ところが、硬砂岩の貴婦人が執拗に追いかけてきましたので、再び逃避行を続けなければなりませんでした。
二人は南へ向かいましたが、行く先々で他のさまざまな石の化身たちに拒まれ、さらに下ってゆくほかありませんでした。しかし、とうとうナフエは南島ウェストコーストのアラフラ川にポウティニの避難所を見出しました。ポウティニはポウナムと化して川底に隠れ、ナフエはそのひとかけらを手に故郷に帰ってゆきました。彼はこの石で手斧を作り、航海用のカヌーを建造したといいます。(硬砂岩は、ポウナムを整形する主な素材であり、そこで硬砂岩が軟玉の敵だという説が生じたのでしょう)。
このお話にはバリエーションがあって、ヒネ・ツア・ホアンガに迫害されたのは勇敢な船乗りのナフエだったというのもあります。ポウティニは緑色の肌をした水棲の巨大な怪物(タニファ)として現れ、ホアンガに送り出されて、ナフエの乗ったカヌーを追いかけてゆきます。ナフエは追っ手から逃れようと海の彼方に見えるアオラキ山を目指して進みました。ホキティカの北のアラフラ川の河口まで来たとき太陽が沈み、上流はるかに望む山岳の雪渓のほかはすべてが闇に没しました。ナフエは闇の中に輝く雪渓を目指して上流に進み、その後をポウティニが追いました。早瀬の注ぎ込む深い淵で、ついにナフエとポウティニはまみえ、戦いの矛を交えました。ナフエはポウティニを倒し、ポウティニは水底に沈んで緑色の石ポウナムに変わったといいます。
さらに別説では、ポウティニはナフエという神に仕える怪物(タニファ)であり、硬砂岩の神ヒネ・ツア・ホアンガ(ヒネホアカ)に仕える宿敵ファティプに追われて、ツファまで逃げてきました。そこで北島から水浴びにきた美女ワイタイキを見初めて、ひとさらい、南島へ逐ちました。それを知った夫のタナ・アフアはポウティニを追いかけ、アラフラ川に追い詰めましたが、ワイタイキを返したくないポウティニは彼女を自分の霊であるポウナムに変身させて川底に隠し、海に逃げたのです。
タナ・アフアは嘆き悲しみたしなみつつ北島へ帰ってゆき、ワイタイキはその後すべてのポウナムの母なる存在となりました。アラフラ川の支流にあるワイタイキ・クリークは、彼女がポウナムになった場所です。
ポウティニはワイタイキを守るために今もウェストコーストの沖を回遊しているといい、アラフラ川が海に注ぐあたりの海岸は「テ・タイ・ポウティニ(ポウティニの潮)」と呼ばれています。ウェストコーストの岸辺に打ち寄せる玉砂利から見つかる小さなポウナムは、ワイタイキとポウティニの子供たちなのだといいます。
ナイタフ族の言い伝えによると、タナ・アフアが川のほとりで悲しみを歌った歌は、南島のアルプスの谷間にこだまし、彼らの耳には今でもその響きが聞こえるそうです。
さらに別の説では、マーオリの戦士タナ・アフアには大勢の妻があったのですが、ポウティニにそっくりさらわれてしまいました。彼は妻を捜して南島の周りをカヌーで回り、ポウナムに変えられた妻たちを各地で見つけました。いろいろな種類のポウナムが彼女らの名前で呼ばれるのはそのためです。
マーオリの神話に登場する神々や上古の戦士たちは、名前は同じでも、お話によってさまざまな役割を担っているようで、互いの関係も変わってゆくようにみえます。もっと迷ってみましょうか。
ツムアキという名のマーオリが、タラナキのオカトという土地に住んでいました。彼はアラフラに出かけてポウナムの原石を見つけました。しかし、ある儀式を正しく行なわなかったために石に変わってしまいました。妻のヒネ・ツア・ホアンガは、夫を探しに出ましたが、旅先で溺れ死んでしまいました。
戦士のタマは3人の妻に捨てられましたが、未練絶ちがたく彼女らを探す旅に出ました。妻の一人はピオピオタヒ(ミルフォードサウンド)でポウナムに姿を変えていました。タマは泣きました。その涙がランギワイ(涙の石)になりました。
次にウェストコーストに行き、アラフラ川の川面で聞こえた声をたよりに上流へ向かいました。彼は知るべくもなかったのですが、妻たちが乗ったカヌーはこの川で転覆して滝の下に沈み、乗っていた人たちはみんな川床のポウナムになっていたのです。タマは召使いのツムアキと一緒にさらに内陸に進み、妻を捜し続けました。ある日、捕えた鳥を料理していたツムアキは、誤って自分の指も炙ってしまいました。痛みを和らげるために、指を口の中に突っ込みました。それは禁じられた仕草だったので、彼は山の一部に変わってしまいました。炙られていた鳥肉はそのまま燃え殻となり、煤だけが残ってポウナムの中のキズになりました。
タキティムの住民たちは、クッペという航海者がアラフラでポウナムを見つけたと語っています。それがイナンガ(マーオリが最も好む種類のポウナム)だったといいます。イナンガ(シラス)漁で錘りに用いるある種のポウナムが、いつしか魚の名前に因んでイナンガと呼ばれるようになったともいいます。
(※クッペはニュージーランドを発見した後、ハワイキに戻り、同胞をこの島に連れてきたとされる伝説上の人物。)
これらの伝説は、どこでどうやってポウナムが発見されたかの説明として語られ、キャプテン・クックや初期の入植者たちによって記録されました。たいていの説話が魚と関係しているようです。ある話では、釣り上げるのにあまりに手間取った魚が石になったとされ、別の話では、ポウナムはある種の鮫に似た巨きな魚(ポウティニ?)の胃袋の中で見つかると語られています。その石は胃の中から取り出したときは柔らかいのですが、やがてカチカチに固まります。
いずれにしろ、魚とポウナムとの関連は深い信仰であり、さまざまな伝承に反映されているのです。
では、以下にポウナムの種類をいくつか紹介します。
イナンガ(南部訛りに イナカ)
この軟玉と色のよく似たある種の小魚(シラス)に因んで名づけられました。真珠のような乳白色ないし青緑色、あるいは薄い灰緑色の軟玉です。亜透明〜不透明。
肌理の細かい半透明のものが上質とされ、マーオリの間ではもっとも価値が高いとされました。それは軟玉が神話的に魚の象徴(もしくは変化したもの)と考えられていたことと関係があるかもしれません。
一方、イナンガで作ったメレ(棍棒)は、もっとも強い霊力を帯びると考えられました。しかし望まれるほどには産出がないため、他の種類のポウナム(私たちが宝石質と考える亜透明の緑色の石)を熱処理してイナンガの色に変化させることがありました。それは650度の熱にさらすというものですが、質の粗い軟玉(〜透緑閃石)の強度を改善する手段でもあるそうです。より破壊力のあるメレを作ろうとしたマーオリたちがこの手法に達し、いつか熱処理によって乳白色に変色したポウナムこそもっとも優れたものと考えるようになり、その結果、イナンガが珍重されるようになったのかもしれません。
軟玉の熱処理は、偶然始まったものでしょうが、中国で行われていたある種の熱処理(高温処理と低温処理があって、後者の方)と同じような効果を生み出しています。またカナダのブリティッシュコロンビアに住むネイティブ・インディアンが地元産の軟玉に行った処理も同様の技術です。
アラフラ
アラフラ河で見つかるジェード、リンゴ緑色のものです。
リムウ
アラフラ河に沿ったリムウ谷に因む、とても深い緑色のジェードです。
カフランギ
宝物、宝飾品、特別なものの意味。透明度の高い明るいリンゴ緑色をしたもので、雲のような淡色の筋が入り、暗い斑点や傷がほとんどないものをいいます。このようなポウナムはイナンガと同様、もっとも手に入れがたいもののひとつです。儀式用の手斧はこの玉で作られました。
カワカワ
カワカワというある種の胡椒の木(Macropiper Excelsum)の葉の色に似ていることからその名があります。暗緑色〜濃緑色〜草緑色のジェードで、ときに小さな黒いインクルージョンを伴います。今日、多くの宝飾品に用いられている素材です。
カワカワの木は、南島の南半分を除くニュージーランド全域に見られますが、マーオリはその葉の抽出物を痛み止めに用いました。これは南太平洋の民族が麻酔薬として飲んだカヴァと関係があるでしょう。
トトウェカ
「ウェカ(ニュージーランド原生の飛べない鳥)の血」という意味を持ち、カワカワタイプの緑色の石ですが、赤っぽい茶色の斑点(酸化鉄)や白い条線が入っています。これもまた希少なものとされています。ウェカの血のような色の羽に因むという説もあります。熱処理によって赤茶色になったポウナムがトトウェラと呼ばれており、両者の間で分類上の混同がみられるようです。
マーズデン・フラワー
ホキティカの近くのマーズデン川で見つかる、深い緑色〜明るい緑色の愛らしい石で、 淡い黄色の筋や斑点が散らばっているものです。
彫刻師はその模様を高く評価し、作品の景色にうまく取り入れています。
スノーフレーク・ジェード
ウェストランド地方のハーストの山の高所に採れる石で、
雪白の斑状鉱物がネフライト中に混ざっていて、磨くとたいへん美しい模様が見られます。研削すると、玉ねぎのような独特の匂いを発するそうです。
タンギワイ(南島訛りに タキワイ)
亜透明〜透明なオリーブ緑〜青緑色の蛇紋石(ボウエナイト)。耳飾り(ココ)に用いられるので、ココ・タンギワイの名もあります。
アウハンガ
淡い緑色の不透明なポウナムです。イナンガとカワカワの中間的な色合いです。
カホテア(カコテア)
本来、黒の斑点や黄色味のある筋が入った暗緑色のポウナムを呼んだのですが、現在では白い筋や斑点のあるものを呼びます。カホは「明るい色の」、テアは「白〜透明」の意味です。
ココプ
ニュージーランド鱒の体表に似た色をしているので、鱒の石とも呼ばれます。暗緑〜暗茶色〜オリーブ緑、黄緑色のものなどがあります。古いマーオリの言葉ではなく、おそらく新しく加えられたカテゴリーですが、この種の石はニュージーランド各地の川で見つけることが出来ます。
ピピンハラウロア
あまり使われない名前ですが、緑と白とが混じったポウナムで、その色の羽を持つある種のカッコウに因んでいます。
ラウカラカ
クック海峡地域のマーオリの部族が、カワカワタイプのポウナムにオリーブ緑の筋が入ったものを呼んでいる名前です。また、黄色味がかった緑の石をこの名で呼ぶこともあります。
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以上のようなポウナムの名前のいくつか、例えばイナンガやカワカワは、草やミルクを描写するのに、日常的に使われる言葉ともなっているそうです。
補記:ボウエナイト(Bowenite)は、濃い緑色の蛇紋石で、かつては硬玉の一種とみられていたが、G.T.ボーウェンが蛇紋石であることを確認し、彼自身の名前をとってボーウェン石と命名したという。