日本産鉱物の簡易識別法 

現今我が国において知られたる鉱物の数は、すでに述べたる如く、およそ150種内外に過ぎずといえども、これらの鉱物をことごとく肉眼のみを以って識別せんことは、到底初学者のなし得るところにあらず。否、いかに熟練なる学者といえども、能くすべきことにあらざるなり。けだし、これらの鉱物には、その形態すこぶるよく相類似せるものあり、あるいは同一の鉱物にして大いにその外観を異にするものあればなり。

然れども、稀有なる鉱物はこれを除き、通常吾人が野外にて採集し、あるいは友人と交換して得る如き普通なる鉱物は、正当の順序によりてこれを鑑識する時は、案外容易に判断し得るものにして、かく自ら鑑識することは、鉱物研究の上に少なからざる興味を惹起せしむるものなり。

鉱物鑑識につきて第一に注意すべきことは普通なる鉱物を熟知することなり。これ通常吾人の遭遇する未知鉱物は、稀有鉱物なることはなはだ稀なればなり。次に注意すべきことは、決して早急に判断を下すことなく、かつその鉱物の性状を軽視せず、十分にこれに重きを置くこと、是なり。共に白色にして外見のやや相似たるよりして、曹長石の標品に重晶石の名を付するは、往々見る所にして、これその重さ及び硬度に意を用うることの足らざりしによれり。また燐灰石が緑色六角柱状の結晶をなせるより、これを緑柱石と誤る如きこと少なからず。注意すべきなり。

さて、今ここに一の未知鉱物あり、これを鑑識せんとする時行うべき手段を略記せんに、先ずこれを手にし、然る後これを熟視すべし。これによりて、その外形・組織・へき開・光沢・色・明暗・比重・感触などは、略これを知ることを得べし。次に小刀の尖端を以ってこれに触るれば硬度の大略を察するを得べく、その小刀にて傷つけて得たる粉末、あるいは磁器の裏面に磨して得たる粉末によりて、条痕を知るを得べし。この時、もし所用の小刀に磁性を付しあらば、容易に磁鉄鉱と硫黄鉄鉱とを識別することを得るなり。普通の鉱物は、右の如き方法によりて、概略の鑑定を下し得べしといえども、更に精密なる調査を行わんとせば、その比重を測り、顕微鏡的実験を行い、また吹管試験を試み、あるいは化学的分析を行わざるべからざるなり。

最も簡単なる化学的実験を行わんとせば、先ず小鉄槌を以って、注意してその標品の一部を砕き、これを試験管に入れ、塩酸の少許を加うべし。無臭のガスを発し、泡を生ずれば、即ち炭酸塩類たるの証なり。ただしこの時、予めその鉱物を粉砕し、あるいは少しくこれを熱して初めて発泡するものあることに注意すべし。また硫化物は塩酸を加うる時、硫化水素を発し、泡を生ずることあるを忘るべからず。然らざれば、往々閃亜鉛鉱を菱鉄鉱と誤認することあるべし。

右の如きの方法によりて調査する時は、初めて際会せし時全く未知なりし鉱物も、目と手及び数分間の実験によりて、意外に明瞭なる性質を観破し、確実に認定し得るに至ること多し。今左に、日本産の普通なる鉱物を識別すべき表を示さん。本表によりて判定せし鉱物は、更にこれを第一編第三章の記事と対照すべし。

硬度表 (ダナ氏による)
1度 軟らかにして手に触るれば脂様の感あり
2度 爪にて容易に傷つくべし
3度 小刀にて容易に切るべし。爪にて傷つかず
4度 小刀にて傷つくること易けれども、切るべからず
5度 小刀にて傷つくること殆ど難し
6度 小刀にて決して傷つかず、通常の硝子を傷つくべし
7度 容易に硝子を傷つくべし。黄玉にて傷つくべし
8度 水晶に傷つくべし。鋼玉石にて傷つくべし
9度 黄玉に傷つくべし。金剛石にて傷つくべし
10度 鋼玉石に傷つくべし

(安東伊三次郎著「鉱物界之現象」上巻より)


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