ひま話   (2000.11.21)


和歌山県は、日本で一番妖怪の多い土地だという。根拠は知らない。しかし、広大な面積のほとんどを占めているのが、たなごもれる青垣であり、どこまでも深い植林であり、あるいは原生林であることを思うと、なんとなく頷ける気がする。山は果てしなく、道はうねり、そして海岸沿いには屈曲の激しい入り江や崖、小島が砂の数ほどある。筆者の愛読書、天藤真氏の名作「大誘拐」は、映画にもなって、北林谷栄や緒方拳がいい味を出していたが、こういう土地柄だからこそ、のびやかでスケールの大きな誘拐事件が絵になったのである。そういえば、あの映画には、死神博士も出ていて、味わい深い天城の3年もののような老執事役を好演していた…。やはり、和歌山は妖怪が良く似合うようだ。

もちろん棲んでいるのは妖怪ばかりではない。南紀白浜に、アドベンチャーワールドという場所がある。ここのサファリには、ライオンや虎やキリンやサイやクマやアンテロープやバイソンなどがいて、自然に近い環境に恵まれ、ぶ〜らぶ〜ら遊び暮らしている。海の動物もいる。オルカがぷるんと尾を振って挨拶してくれる。ペンギンがじっと突っ立って、黙示録のように何かを待ち続けている。ラッコは何も考えずに、ぼのぼの泳いでいる。そこから飛行場の下をくぐって千畳敷きの海岸に出ると、ハマブランカ(浜が白いという意味で、カサブランカ「白い家」のもじり)という植物園があり、サボテンとかソテツとかの亜熱帯性植物が繁茂している。ついでにいうと、妖しい衣装を着た舞姫たちがOSK仕込みのダンスで歓迎してくれる。和歌山は多種多様な生物の住む土地なのだ。

さて、ここのサファリで、この間、パンダの赤ちゃんが生まれた。今、関西一円はそのニュースでもちきりである。
「その日、和歌山では、2人以上の人が顔を合わせると、まるで、お天気の話でもするかのように、パンダの赤ちゃんの噂を囁きあうのでした…」というくらいだ(うそ)。
それだもの、筆者たちもこの間、白浜にパンダの赤ちゃんを見にいった。パンダはどういうわけか、日本人に人気がある。山オヤジと呼ばれるヒグマ同様、クマの一種なのだが、あのハーレクインのような白黒だんだらぼっちがユーモラスな雰囲気を醸すので、仕種までが可愛らしくみえる。鋭い爪をもった猛獣のくせに、猛々しく見えない。こういうのを生まれ持った徳というのだろう。山オヤジでこそないが、先年流行した「たれぱんだ」は、中年男性のライトモチーフとみなされている。太平楽なオヤジはパンダに似てかわいいのだ。
ところで、パンダの赤ちゃんは生まれたときは、ほんの数センチくらいの大きさだという。それが、お母さんパンダに抱かれて、ぐいぐい育って、コパンダになる。実は、白浜のコパンダはまだ小さいので、その姿をじかに見れるのはもう少し先のことだ。いまは、パンダ館の天井から吊るしたモニターテレビで、様子がうかがえるだけ。それでも、丸くなって横たわっている母パンダのお腹に顔をつっこんで寝ているコパンダはとてもキュートだった。

一方、父パンダは、ひとりで外に出ていた。壁に向かって座り、なにか物思いにふけっていた。その様子は達磨大師が瞑想しているようでもあり、斎藤由貴が押入れのふすまに向かって座り、「いかん、このごろいかん!」とつぶやいているようでもあった(むかし、そんなアイドル映画があったのだ)。
おそらく、母パンダが全然かまってくれないので淋しくなり、いかん!こんなことでいいのか!と悩んでいるのだろう。子供が生まれたら、どこも同じやな、と我々の意見は一致をみた。

まあ、こんな調子で書いていては、いつになったら鉱物の話になるやら分からないので、そろそろ本題に入ろう。(ほんとはオルカの話もしたいんだけど、読みたい方、おるか? なんちて。)

塩味のする温泉の湧く白浜の海岸べりを南にぶらぶら行くと、さっき書いたハマブランカという「植物園+ショーホール」がある。2年ほど前に来たとき、ここの土産物屋さんの一角に、恐竜化石がたくさん展示してあったのを見た。化石のことはほとんど分からない筆者だが、展示物の大きさや点数は、とても道楽事とは思えなかった。ちょっとした博物館並みなのだ。巨大な魚や爬虫類の骨格がで〜んと置かれている。土産物店には、あまりに相応しくないので(失礼!)、「このお店は県営かなんかですか?」と、売り子のおばさんに聞いてみた。
「いいえ、個人経営ですよ。」 「それにしては、すごい化石ばっかりじゃないですか。売り物じゃないんでしょう?博物館みたいだ。」 「ああ、この化石はね、田辺に住んでいる方の持ち物で、ご好意で、お客さん寄せに展示させてもらってるんです」と言う。 ひゃあ!個人コレクションだったのか!

2年前のことだから、名前は忘れてしまったが、その方は、ボリビアに駐在していた外交官だったという。ボリビアというところは、化石の産地として有名だそうで、裏山を掘ったら、ぼこぼこ化石が出てくるらしい。で、その方も赴任中に趣味に目覚め、余暇には、自分で採掘なんかしてたらしい。ただ、その方の偉いところは、自分だけが集めて楽しむ段階にとどまらなかったところだ。あるとき氏は発心して、世界中の子供たちがもっと身近に化石に触れられるように、化石標本の寄贈事業を始めたのだった。
子供たちは、本能的に恐竜や化石が好きだ。しかし、実際に本物の化石に触れるチャンスは、あまりない。特にボリビアを含めた発展途上国の子供たちは、そうだ。で、氏は、ポケットマネーで標本を購入したり、採掘しては、学校や教育団体に送ることにしたのだった。そうすれば、化石を通じて、昔の地球のことや生き物のことも興味深く勉強できるだろうから一石二鳥である。
日本に帰ってからも、私財を投じて寄贈を続けていたというお話で、ここに展示してあるものは、その方のコレクションのほんの一部であり、地元の人たちが気軽に見て触れるように、置いてくれているということだった。
お家には、何万点も化石が飾ってあるそうですよ、と店のおばさんは言っていた。

偉い人って、いるものだ。はじめ筆者は、「そりゃ外交官なら、生活にも困らないだろうし、時間もあるし、お金も沢山あるから出来るんだ」と考えた。下人根性である。でも、それなら、自分が同じ立場になった時、果たしてそんな風に化石(あるいは鉱物標本)を寄贈できるか、と想像してみて、改めて、それが大変高尚な発心だということに気がついた。やはり得難い人材なのである。
氏のエピソードは、当時の新聞にも載ったということで、記事のコピーが貼ってあった。白浜の観光施設で、貴重な化石標本を展示公開中といったニュースに、氏の経歴を加えたものだったと思うが、詳しいことはもう忘れてしまった。それでも、その方の心栄えと、素晴らしい標本の陳列は、しっかり心に残っている。
もちろん、展示物のほかに、売り物の標本もたくさん飾ってあった。観光地にいくと、どういうわけか奇石や鉱物や化石標本をお土産に売っていることが多い。タンブルしたパワーストーンなんかもよく見かける。珍奇なものだから(そのへんのスーパーやコンビニに売ってない)、お土産に喜ばれるのかもしれない。ここのお店では、化石ばかりでなく、鉱物の標本も数多く売っていた。マニアックな希産鉱物こそないが、美しい標本はちょっとびっくりするほど種類があって、博物館付属のミュージアムショップを軽く凌駕する品揃えだった。インド産の沸石類やコンゴ、モロッコ産の各種鉱物が豊富にあった(砂漠のバラ、藍銅鉱、バナジン鉛鉱、孔雀石…)。翠銅鉱や紅鉛鉱、硫黄といったカラフルな標本も光彩を放っていた。カバンシ石の標本に束沸石のラベルがついていたので、つい、「束沸石もついてますが、このきれいな青緑色の鉱物は、カバンシ石というのですよ」などと薀蓄を垂れてしまった。いらぬお世話だと思われたかもしれない。

今回の白浜行き、出来たら、またそのお店に行って見たいなあと思っていたが、パンダとオルカとペンギンに時間を費やしてしまったので、再訪を果たせなかった。今も氏の化石標本が飾ってあるかどうか知らないが、売り物の化石、鉱物標本は、きっと変わらずに置いてあるだろう。
これから家族サービスでパンダを見に行く方、ちょっと足を伸ばして、化石・鉱物鑑賞としゃれこむのも、一興かと思います。
(書いてて、ハマブランカだったかどうか、ちょっと自信がなくなってきたが、三段壁か、ハマブランカのどちらかにあったのは間違いない。)

では。また。
よき、鉱物ライフを。

補記:どら様より情報
上に出てくる元外交官氏は、田辺市で「化石館」を開いておられるとのことです。

「アンデス化石館」 田辺市宝来町18-6
(JR紀伊田辺駅から徒歩10分、車で3分)
開館時間:午前10時〜午後7時(冬期は午前11時〜午後6時)
休館日:毎週水曜日と年末年始および展示替えの期間
TEL.0739-26-5001 FAX.0739-26-8331

どうもありがとうございました。 (2004.3.7)

追記:Wiki によると、「ハマブランカ」は1998年10月以降はOSKショーがなくなって植物園のみの営業。2005年10月に閉園。2015年時点で跡地はほぼ更地になったとのことです。
「アンデス化石館」を開かれていた方は 大野透太郎氏(1929- )といい、1950年代の政府の移民政策に応じて外務省嘱託職員の資格でボリビアに渡り、1964年に駐ボリビア日本大使館が創設されると大使館員として現地採用されたとのこと。1991年に定年退職されて帰国。「アンデス化石館」については現時点でネット情報が見当たらないので、分かりません。 (2021.6.19)


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