今回、鳥の話は中休みにして、久しぶりに肩の凝らない話題を書こうと思います。
(少々オーバーな表現で走りまする。許されよ。)
先頃、鉱物科学研究所さんの標本会が有楽町で行われ、その時、草思社の「楽しい鉱物図鑑」(1992年)に使われた標本が、初版から11年を経て、初めて一般に公開されました。この図鑑は、現在の鉱物人気の起爆剤にして牽引役であるロングセラー、鉱物愛好家のバイブルにして座右の書ですから、今さら皆さまには釈迦に説法でありますが、少数のマニアの趣味であった「鉱物」を世間に紹介し、その素晴らしさを広く認知させたエポック・メイキングな図鑑であったとだけは言っておきたいと思います。掲載された標本はまさに出色で、従来の鉱物書にありがちな、素人目に特徴の掴みづらい標本然とした石くれでなく、芸術品といいたい、よく鑑賞に堪える美しい鉱物たちが、プロの写真家の手で撮影され、発色も瑞々しいフルカラー印刷に表現されています。
この図鑑を読んで鉱物趣味に入った人は数知れず、コメントの字句を心に刻み、あたかも天啓を得たかのように引用してみせる類書、愛好家、鉱物系サイト(本サイトを含む)は枚挙に暇なしといった観があります。
「ルビー・シルバー」と呼ばれる濃淡紅銀鉱に心ときめかせ、「カットするとサファイヤより美しい」というベニト石やアウインに熱中し、紅安鉱を持てば「コレクターとして一人前」の太鼓判に踊り、「人生はラブラドライトの如し」と説教節、ユージアル石は「ラップランド族の血」の色と神妙な表情、蛍石は「熱すると光るけど破片が飛ぶから慎重に」としたり顔、ストロンチウムの鉱物は「日本では少ないが海外ではさほど珍しくない」と嘯き、菱マンガン鉱の美品は「眼玉が飛び出るほど高価」なんだと嬉々として語る…。これみな、「楽しい鉱物図鑑」のおかげなのであります(へい、それはあっしのことで)。
そんな具合で、この図鑑に掲載された標本は、日本のコレクターにとってひとつの世界標準であり、この鉱物が欲しい、こんな綺麗な標本が欲しい、○○石はやっぱりこうでなくちゃ…と、大いに収集の参考とされ、標本店においては、「この標本は堀先生の図鑑に載っているのよりいいものです」という殺し文句が用意され、その影響はこの先30年は続くと予想されております(おいおい)。
なにしろ1点1点が標本商の練達の目で吟味されたものゆえ、人々の心を掴むのはお手のもの。しかも「ふつうの人が気軽に入手できる範囲の標本」だというのですから、志ある読者は、当然その気になって集めにかかります。ところが、いざ始めてみると、「ある程度粒のそろった標本を集めることは、費用もそうだが、かなりの時間を要する」との言葉通り、一朝一夕になせる業でないことに改めて気がつくのですが後の祭り、その頃にはすでに鉱物たちとの抜き差しならぬ交情にハマり、もはや社会復帰不能というのが、誰しも辿る幸せの泥沼コースといえましょうか。かように鉱物愛好家を善かれ悪しかれその道へ誘惑した標本が、ついに披露されるというのですから、何はさておき、見に行く一手でございましょう。
図鑑の前書きに、「本書の写真撮影に使用した鉱物標本は、1点を除き、すべて筆者の手元にあるものである。せっかく集まった標本であるから、この機会にこれらを散逸させることなく保存して、将来は図鑑の実物を一堂に展示して同好の方に見ていただく、という夢を持っている。」と書かれたことが、草思社の協賛を得て実現した今回の企画、高砂や〜この浦舟に〜帆を上げて〜(←釣バカ日誌風にトロピカル調で詠う)、鉱物の御世は千歳万歳、と心のうちで唱える私でありました。
さて感想は、もう褒めちぎりということになりますが、一方で写真(印刷物)と実物とではこうも違うものかと思う標本が随分あったことは、やはり「オリジナルにあたれ」の鉄則通りでありました。で、その辺をまとめて、今回の展示をご覧にならなかった方の参考に供したいと思います。
以下、鉱物名の後に(P )で括った数字は、図鑑に掲載されているページ数を表します。
1)図鑑より実物が綺麗なもの
写真は所詮2次元の表現で、ひとつのスポットにはひとつの色が置かれているだけですが、実物はその奥に別の色、別の表情が潜んでいて、それが透けて重なって見えています。実物の奥行きや透明感をカメラに捉えるのはプロでも相当難しいことだと感じました。
・鶏冠石(P36)−色目は同じだが、実物は透明感がある。
・緑鉛鉱(P117)−もっと瑞々しい緑色。
・バリッシャー石(P121)−若干の透明感があって研磨面に奥行きがある。
・アダム鉱(P126)−結晶面に光輝があふれ、色目ももう少し緑よりで爽やか。
・ベニト石(P158)−立体感、結晶面の輝き、透明感、ビビッドな青さがあって、実物はずっと素晴らしい。大きいし。
など多数。
2)実物より図鑑の方が綺麗なもの
図鑑の写真は、実物より拡大されているため立派に見える場合と、インクの発色の関係で、彩度がかなり強調されている場合とがあります。
前者では、・藍銅鉱(P93)、・バナジン鉛鉱(P119)−実物は随分小さい、・石英(P66)などにそれを感じました。やっぱり結晶は大きい方が見栄えがしますね。
後者の、色の違うものは、結構ありました。
・蛍石(P53)−紫の色目が大分違います。もっと地味です。
・菱マンガン鉱(P88)−写真より地味でくすんだ赤。
・菱亜鉛鉱(P90)−実物は半透明で面に厚みがありますが、写真では表現できていません。色目も「全然」違います。
・白鉛鉱(P95)−写真の重晶石の色は強調されすぎ。実物は枯れている。
・ミメット鉱(P118)−図鑑では淡い紫の菱亜鉛鉱が伴っているように見えますが、実物の色目はさらにずっと淡い灰色です。
・トルコ石(P120)−実物は写真ほど青くなく、普通に売られている同産地のトルコ石と同じ色目。
・ストレング石(P122)−実物は地味、こんなにあかるいピンク色ではない(照明のせい?)。
・パイロープ(P135)−母岩の色目、もっと暗い灰緑です。
・電気石(P157)−ウオーターメロンの写真は鮮やかすぎ。実物は小さい。
・方ソーダ石(P190)−もっと暗くて普通そのへんで見かけるのと同じ色。
・アマゾナイト(P191)−こんなに青くない、もっと冴えない色です。
こう書いたからといって、決して実物がよくないと言っているのではありません。むしろここに挙げた標本の実物は、私たちが普段市場で目にする色に近くて安心したという感じです。綺麗に写りすぎたお見合い写真と実物の間にはギャップがあったけれど、実物の方が自然な感じで好感がもてたというような展開。それにつけても、鉱物はフォトジェニックですね。
その他の気付点。
3)保存がとてもよい
標本の保存状態は全体にとても良くて、例えば、・自然鉄(P13)には錆びが見られませんし、・岩塩(P54)も溶けていません。これなら、将来どこかで常設展示されることになっても、十分その任に堪えるでしょう。・紅鉛鉱(P110)だけは、写真左端にある縦の結晶がはずれていたのが御愛嬌でしたが。
4)現在の市場ではほとんど見かけない逸品も多数
例えば、上述のベニト石やストレング石など、図鑑発刊後、品薄や絶産となって入手の難しいものが多数ありますし、品質に優れ、博物館級といって恥じないものもいくつかあります(どこが「ふつうの人が気軽に入手できる」やねん!って感じ)。資料価値が高いです。
・輝コバルト鉱(P28)−最近、市場ではついぞみかけない大きな結晶。
・紅安鉱(P44)−大きくて見事。逸品。見たことない。
・カラベラス鉱(P45)−これも博物館クラスのリッチな大型標本です。個人で持つものではない。
・山サンゴ(P87)−このテの実物は初めてみました。ついでながら、Flos
Ferri は「鉄の花」のことで、「山サンゴ」の意味ではありません。
・モリブデン鉛鉱(P111)−博物館クラス。透明感がある大型標本で素晴らしいの一言。
・フランクリン鉄鉱(P61)−こんな見事なものは、今どき、そうはないと信じます。
・緑閃石(軟玉 P169)−ほんとにこんな標本があるんですねえ。
以上、思いつくままの列記、月並みなコメントで芸のないことですが、まあ、こんな感じでした。繰り返しになりますが、これほどレベルの高い標本をまとめて−しかも無料で−見る機会に恵まれたことは、愛好家冥利に尽きます。眼福この上ない、幸せなひとときでした。そして、「楽しい鉱物図鑑3」が準備されているとの公式(?)発表。胸を躍らせつつ、会場を後にした私。その日の早からんことを切に祈る。
追記:今回の展示で写真と実物を比較して初めて分かったことですが、図鑑の写真の何枚かは色が反転しているそうです(つまり印刷−校正−ミス)。ベニト石もそのひとつだとか。
それから、私が褒めた緑鉛鉱は、反対に写真の色が綺麗すぎるという意見が専らだそうです。
以上、研究所さんからお知らせ戴きましたので追記しておきます。(2003.8.9)
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