以下のテキストは、台湾の香木商 林 稚峰著の商用リーフレット、「沈香とは何か」を、筆者が意訳したものです。
1.沈香って何?どうやって出来るの? (1)沈香は、沈香樹の内に自然に出来た特有の油脂状物質が集まったものです。 (2)沈香樹は、瑞香科植物の一種で、野生の原生林の中(沼沢地でも少数あり)に植生します。 (a)カサブタが出来た部分(傷を受けたり、虫に食われた後) (b)枝分かれしたところ (c)成長が阻害されたところ(枝や幹、根などが巨石などに当たって、伸びるのを妨げられたところ) (d)樹木の風の当たる面の裏側で、湾曲したところ (e)環境が急激に変化(悪化)した時に成長した部分 (f)その他の原因 こうした部分に、黒茶色〜黒色の油脂状の物質が、点状、網目状(虎の毛皮の模様のような)、柱状(珍しい)に集まったものです。この独特の油脂状の集合物質を「沈香油」といいます。沈香油が著しく付着した部分は、燃やした時はもちろん、常温でも馥郁とした独特の香りを放ち、人々に深く愛されています。 (3)沈香樹の中には、油脂が均等に生じたものもないわけではありません。かなり大きく成長した沈香樹があります。淡黄色の木質部が平均的に存在し、油脂の集合がみられない整った株もあります。 (4)沈香樹の中で、沈香油脂を生じ、採集が可能な部分は、全株の1%に満たないのが普通です。
2.沈香は、どんなところで採れるの? 現在、全世界でもっとも重要な沈香の産地は、ベトナムとインドネシアにあります。 (1)ベトナム: 主要な産地は、中西部の山地にあります。崑崗高原に産出するものは、特に品質が優れていますが、資源として、すでに枯渇の傾向にあります。このほか、ベトナム中西部の山地から北方のラオスに向かう地域、南のカンボジアに向かう地域でも、少量の沈香が産出します。ただし、経営者の多くはベトナム中部人です。ベトナム産沈香の集散地は、中部の峴港と南部のホーチミン市が主です。 (2)インドネシア: インドネシア諸島のうちで、カリマンタン島とイリアン島で現在少量の産出があり、比較的良質の沈香が採れます。このほか、各島でも、2,3の産地が開発されていますが、採取量はわずかです。
3.馬来沈とは? 星州沈とは?中国でも沈香が採れるの? 馬来沈、星州沈という言葉が使われることがありますが、実際にはほとんど同じものを指しています。 (1)「馬来沈」は、マレーシア産の沈香を指します。ただし、原産はカリマンタン島北部にあります。マレーシアのサハやサローの山地で採れた沈香はすでに完全に絶産となっています。その上、マレーシアは人件費が高く、開発しても元が取れません。今のところ、ごく少数のインドネシア人が辺境で採集をしている状況です。ですから、「馬来沈」は、すでに過去の呼び名といえるでしょう。 (2)「星州沈」の星州はシンガポールの意味で、シンガポールは現在、インドネシア産沈香の最大の集散地です。その国土からは沈香は産出しません。ただ、その驚くべき商売の腕前で、インドネシア産沈香の大半を掌握しているのです。売られるとき、シンガポール通貨で値段が建てられます。「星州沈」はインドネシアに産し、シンガポールに集められた沈香を指します。 (3)このほか、歴史上、中国の南方に沈香樹の一種を植えた土地があったことが記録されています。当時は、沈香を採る目的で、植樹し、樹齢が若い内に、外皮にキズをつけて製薬用の樹液をとりました。この種の樹液は、ここで述べている枝幹の内部に集まった油脂状のものと同じではありませんし、現在では種植する人もありませんので、これ以上の説明は不要でしょう。
4.ベトナム産とインドネシア産の沈香はどう違うの? (1)中国と接するベトナム北部では、沈香の採集はすでに100年以上の歴史があり、大量に中国に輸出されてきました。このため、台湾にはベトナム産の沈香を好む人が多いのです。一方、インドネシアで沈香が採取され始めたのは、ここ20年くらいのことです。中国からかなり遠いため、輸入量は少なく、またインドネシア産沈香は、香りが濃厚で、ベトナム産のような清々しさがないため、ベトナム産沈香の方が好まれています。 (2)ベトナム産の沈香は、木質がやわらかく、油脂の層が比較的薄いです。また沈香樹の自然成長環境が原因で、現在では、重さ200公克以上で厚さ3公分以上の沈水黒沈香の塊を採る事は、もはや不可能といえます。インドネシアのカリマンタン島の原生林では、その土壌や気候要因によって、少量ですが、珍貴な沈水黒沈香の塊を採集することができます。しかし、その量は沈香生産量の0.1%以下で、ごくごく限られています。 (3)用途について。台湾の製香業では、国人の嗜好にあわせて、ベトナム産沈香を採用するのが一般的です。特に「恵安沈」クラスのものは、国人のもっとも愛好するものです。一方、仏像の彫刻や円珠の製作に用いるときは、インドネシアの黒沈香の塊が珍貴なためにより好まれます。
5.「死沈」て何? 「活沈」とは? どこが違うの? (1)沈香樹は、繁茂した原生林の中でも、ごくまれにしか成長しない樹です。数百年間成長した後、老化して自然枯死し、幹が地面に倒れた後、木質部が風化され、腐食して次第に消失してゆきます。しかし、沈香油脂を含んだ部分は、風化に耐えて腐食せず、残存します。通常、不規則な形状の大小片となります。この種の沈香薄片は樹株が死んだ後に拾われるので、「死沈」と呼ばれます。また、土に埋もれ、表土の下にあるため、「土沈」、「地下沈」とも呼ばれます。 (2)「活沈」は、沈香樹がまだ生きている間に伐採されたものを指します。このため、「活沈」は刀や斧のキズがあります。 (3)沈香片は油脂分に富むほど良質である、と製香業者たちは言っています。ですから、木質部が腐食消失し、油脂を含む部分だけがわずかに残っている「死沈」が、表面は枯れ乾き、大きさは不ぞろいであっても、製香業界で最も佳いものとみなされているのは当然といえましょう。「活沈」は、活きた株を伐って得ることにより、木質部を含んでいます。しかし乾いた外表は浄らかで、どの塊も比較的大きく、形が整っていますので、彫刻などの造形に好適といえます。 (4)「死沈」は何十年に及ぶ風化作用を受け、また土壌の地下に埋没していたため、その表面部分は、なんの香りも味わいもありません。わずかに燃焼した時に、沈香らしい香りがするだけです。
6.沈香の等級は何でみるの? 沈香の等級を分類する三大要素は、香り、重さ、黒さです。以下に説明しますと、 (1)香り 沈香が人々の愛好を受け、仏事の際に宝物として供えられる理由は、その独特で他に替えるべくもない清々しい香味にあります。品質の優れた沈香は、燃やさないうちから淡々とした香気を発して、人を酔わせます。手に握れば、後々までもその移り香が留まります。燃やした時には、ほとばしるが如く、抗い難い香気を放って、人を酩酊させるのです。 (2)重さ 油脂分の多い沈香は、比重も大きく、重厚感があって、いっそう人々に好まれます。一般的に言えば、油量の多い少ないで沈香を分ければ、「沈水」あるいは「不沈水」に区分でき、重くて水に沈むものは、量が少なく珍品といえます。 (3)黒さ 通常、黒味のある沈香は、それだけ油脂の量が豊富なことを表しています。烏黒色の脂光沢を示すものは、その中でも極上品です。灰黒色あるいは褐色のものは、その次に位します。
7.沈香の真価は、どうやって鑑別するの? 沈香の真価を鑑別するのは、とても簡単です。 (1)沈香以外の雑木で沈香に見えるもの 本物の沈香で作った円珠や彫刻は、沈香の原木を、切り割りして彫琢しているので、表面は新鮮であり、必ず沈香の原木だけが示す独特の香味を自然に発散しています。そのほかの雑木で、沈香に似た網目状の外観のものもありますが、これらは少しも匂いがしないので、弁別は容易です。つまり、ただ沈香の香味があるかどうかを嗅げばいいのです。(ベトナムには海辺に生長するある種の植物があって、樹幹には沈香に似た紋路があり、油脂が集まったような黒点が見えます。さらにかなり重たいので沈香と間違われることがありが、まったく香りがなく、焼くと臭い匂いがするので、区別できるでしょう。) (2)泡油を充填したもの 沈香は天然野生の植物なので、どんなに品質の優れたものでも、全体が真っ黒ということはありえません。油脂を濃厚に含む黒色部に必ず挟雑物があり、あるいは多少の白色ないし褐色を示す木質部分が含まれ、白黒相合わさった様子が見られます。 油脂分が全然ないか、ごくわずかしかない沈香(あるいは別種の雑木)でまず円珠を作り、それから、暖めた沈香油の中に漬けて煮ると、沈香油が沁み込んで、完全に真っ黒な円珠が出来ます。白色ないし褐色の反転や条紋は見られません。この種のごまかしは、よく市場で見かけますが、こういうことをしてはいけません。 これらをまとめて、沈香の円珠や彫刻の真贋を判別するには、 (1)見る 完全に黒いものは本物ではない。泡油で作ったもので、香味はあるけれど、薬臭さが混じる。 (2)聞く 淡々とした特有の沈香味があるものだけが本物です。香味のないものは、疑うべきです。 (3)焼く さらに一歩進んで確認したければ、灼熱した針の先端を用いて、円珠や彫刻の目立たないところ(円珠の洞や彫刻の底部)に当てます。本物であれば、必ず沈香の香りが経ちますから、真贋偽りようがありません。 (4)裂く 泡油で煮た沈香は裂いてみると、その中まで真っ黒です。本物は、かならず白黒部分があります。泡油珠は燃やすと、膨らんで黒煙を出します。 このほか、表面がすでに汚れたものや別種の香料を塗布したものでは、焼いたり、針先をあてたりする方法以外、真贋を見分けるのは容易でありません。
8.奇楠と沈香はどう違うの? 事実上、奇楠(伽羅、キャラ)は沈香の一種で、やはり沈香樹から産するものです(奇楠樹という木は世界のどこにもありません。また、奇楠という言葉は、ベトナム産の沈香の一部に使われますが、インドネシア産沈香には用いません)。一般的に、奇楠は塊状を呈しやすく、片状ではありません。口に含んでみると、軽い刺激味があります。燃やすと、その香りの中にねっとりした油味が混じり、黒色は一定しません。人によっては、その色の違いで、黄奇、紅奇、白奇、黒奇などと区別しています。数量が少ないことと、神秘的な色合いを帯びているため、市場では破格の高値を呼んでいます。しかし、実体は沈香と奇楠とは同じもので、両者間の境界は定かでありません。惑わされて無駄なお金を使わないように。
9.沈香にはどんな作用があるの? (1)沈香は天地の精華が集まった宝物です。高級薬材とされるばかりでなく、製香業では最上の材料となります。 (2)宗教上では、沈香を用いることで、諸仏に礼し、菩薩を敬い、その香気が仏菩薩の来迎を請う助けとなります。 (3)静かに座って、沈香を炊くと、禅定を助け、魔に乱されず、邪気を払う効果があります。 (4)沈香の念珠をもって念仏を唱えれば、妄想を払い、心霊を浄化し、本来の真面目を取り戻し、生命は昇華して自在となります。 (5)沈香の念珠をいつも身に帯びていると、守護神のような働きをし、魔を駆逐し、邪気を払います。 (6)家の中に沈香の塊や彫刻を置くと、家内安全を招来します。
10.「烏沈」って何? 「水沈」とは? これと沈香が水に沈むこととの関係は? (1)「烏沈」とは、見た目がより黒っぽい沈香を指すと思われます。油脂分の多いものはそれだけ黒くなり、人々の人気があるので、値段もより高くなります。 (2)「水沈」とは、水中に入れると沈む沈香のことでしょう。この類の沈香は通常見た目の色が深く、褐色から黒色のものが多いです。水に沈むということは、比重が重いことを示しています。またこれは油脂分が豊富に含まれていることも示しています。 (3)油脂を多く含み、黒く、水に沈む沈香は、「烏沈」とも「水沈」ともあるいは、「烏水沈」とも呼ぶことが出来ます。 (4)油脂を含み褐色から深褐色に見えても黒くはなく、しかし油脂を多く含んで重たいために水に沈む沈香は、「水沈」と呼べますが、「烏沈」と呼ぶのは相応しくないでしょう。 (5)沈香の香りを持つ香木のすべてが水に沈むわけではなく、油脂分を多く含むわずかなもののみが水に沈みます。比較的少量の油脂分を含む香木は、その油脂の質が佳いものだとしても、「烏沈」、「水沈」ではありません。ただ、この種のものは、燃やしたとき、人々がとても喜ぶ素晴らしい香りを発することがあり、これは上質の香を調製するための精選材料となります。
11.沈香はどうやって採集するの? 沈香樹は、樹木の密集したジャングルの中に育ちます(インドネシアではわずかながら沼沢地にも沈香樹が生えています)。人の住まない、辿り着くのが困難な場所です。沈香を採集するには、専門的な技能が求められます。数人でパーティーを組み、簡単な工具だけを携えて、徒歩で奥知れぬ山林の中に深く進入してゆきます。通常、一回の採集に要する期間は少なくて20日、長いと2,3カ月かかります。その間、世間から隔絶した環境で、かすみを食べ、夜露に濡れ、猛獣や蚊や虫を払い、非常な危険と辛苦を経験することになります。
12.沈香の保管の仕方は? (1)沈香の彫り物や円珠正常な状況にあれば何の処置をとる必要もありません。数百年あとになっても、人を酔わせる沈香の香味を保っていることでしょう。 (2)沈香の数珠を手に戴くときは、脂汚れや洗剤などがつかないように気をつけて下さい。そうすれば、もともとの品質と香りを長く保つでしょう。 (3)みなさん、沈香の仏珠を使った後は、布で包んでおくか、ビニール袋に入れておき、清浄に保つよう心がけましょう。 以上 全文
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