555.藍晶石 Kyanite (ブラジル産) |
旅先でお祭りに行き逢うのは嬉しいものだ。
ドイツはデュイスブルクという小さな町に着いた日のこと。バンホフ(鉄道駅)で電車を降り、まずは予約したホテルを探して歩いた。勘を頼りにそれらしい方角に向かうと、石畳の道に沿ってこじんまりとした商店街に出た。でこぼこの石畳はトランクを転がすには最悪だが、円形広場に続くプロムナードは、人通りがそれほどないのにほこほこした活気が立ち、歩いて気持ちのよい場所だった。右手に緑濃い公園が見え、うっそうとした茂みの向こうに乳白色の領事館めいた建物が覗いていた。それが予約したホテルだった。
切り出された白あずき羊羹のような大理石を積んだ、風格ある広壮な建物。安ホテルを連想していたのでちょいとたじろいだ。ロビーで訪いを入れる。若い小鹿のメッチェンが、昔の恋人に再会したかの表情で微笑んだ(←そんな気がした)。
「ようこそ。こちらにはお祭りを見にいらしたの?」
ふに?と言いたい気持ちで、彼女の知的な眉間に見惚れていた。
「今日と明日は前の公園で年に一度のお祭りがあるのよ」
それで、私と連れは荷を解きひと心地つくと、早速見物に飛び出したのだ。
時間が早かったので、組み立て中の露店や繰り出してくる町の人たちや公園の林や街柱に括りつけられる灯火やスピーカーやをそぞろ見て歩いた。
ひと巡りしてお腹を充たして公園に戻ると、野外ステージでコンサートが始まっていた。どこから湧いたか途方もない群衆が広場を埋めていた。少しずつかき分けて前に出るが、やがて動けなくなった。司会者が語りかける。人々が応える。応答は見事で、呼吸をはずさない一体感が素晴らしかった。この時、エリアス・カネッティの言う、ドイツ人の集団心理、森と軍隊のイメージをまさに身をもって体験したと思った。咆哮する人々。突如昂ぶる掛け声のリズム。地響きのような、揺さぶるような和声。圧倒的な充実感が降臨していた。怖かった。
ステージが終わる頃は宵闇が近づいていた。仮設灯がともり始め、プロムナードにはいつの間にか夜店がぎっしり並んでいた。さんざめき。ざわめき。ほてり。漂う食べ物の匂い。空間の闇と露店の光の鋭い対照。夢見心地で歩いた。
鉱物や磨き石を並べたお店を見つけた。白い石に半ば埋もれた青い刃束の結晶に惹きつけられた。なんと清々しい石だろう。
その場では買わなかった。円形広場をぐるぐる回ってお祭り気分を楽しみ、そろそろホテルに戻ろうかという時になって、もう一度見ておきたくなった。連れも勧めた。どうやってかは分からないが、そのお店にたどり着いた。そして…。
私は初めて「鉱物標本」を買った。