No.68 ペルガモン博物館

 

ベルリンの博物館島にある施設の一つで、古代ギリシャ・ローマ・中近東のヘレニズム文化やイスラム文化圏の美術品に特化している。

ペルガモンは BC2-3世紀頃、トルコ西部のベルガマの丘陵地帯に繁栄した古代ヘレニズム都市で、外港にエライアとエフェソスを持った。文化程度が高く、一時はエジプトのアレクサンドリア図書館に次ぐ蔵書を誇ったという。羊皮紙を指す語(英語のパーチメント等)はこの都市の名が由来となっている。

 1871年、ドイツの鉄道技師カール・フーマンはこの丘で後に「ゼウスの祭壇」と呼ばれる建造物遺跡を発見した。トルコのスルタンの許可を得て 1878年から発掘が行なわれ、出土品はドイツに運び出されていった。ペルガモン博物館はこれらの遺物を収蔵するために建設された。

イシュタール門
古代バビロニア王国の首都バビロンを守った5つの門のひとつ。
獅子(イシュタル女神の随獣)や架空の神獣が描かれている。 BC6世紀頃。

ミレトスの門
ミレトスはアナトリア半島西岸のギリシャ植民地
AD3C頃のものという。二次大戦時の空襲で損壊、その後修復された。

 

アッシリアの遺物 BC9C頃

ネオ・ヒッタイト王国の遺物  BC8世紀頃

らあぴす らあずりい

ムシャッタ宮殿の外壁。AD 8世紀頃。
ヨルダンのアンマンにあったウマイア朝の宮殿の
石灰岩の長大な城壁の一部。

こういうエスニックな遺物を見ていると、
ナウシカの世界が連想される。

 

補記:羊皮紙(ペルガモン)はパピルスと比べて傷みにくく、保存性がよく再利用も出来たので中世にかけて重宝された。13世紀に中国から紙の製法が伝わると、紙製の写本や印刷本に置き換えられたが、重要な証文や豪華本の製本には依然羊皮紙が使われ続けた。

補記2:梨木香歩の「村田エフェンディ滞土録」を再読していて、ペルガモンの遺跡について何度も言及されていることに気づいた。案外こういうところから、私はペルガモンの名を心に留めていたのかもしれない。

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