ドワーフ小人と鉱山師 −ひま話(2001.10.14)より


10月の声を聞くと、朝晩はもう肌寒いくらい。小川沿いの道を歩けば、キンモクセイの香りが私の体をとろかしてしまいそうです。この間、指輪物語を読み終わりました。ほぼ2週間くらいかけて、私も指輪の仲間たちと共に、住み慣れたこの地を後に 曙光射す地平線の彼方へと 旅に出たのでありました。古い森を抜け、塚人の眠るはだか山を巻き、裂け谷にエルフたちを訪ね、そうして長い長い東への道のりを歩いた後で、懐かしい我が家に帰ってきたのです。ミスリル銀の採れるモリアの鉱山を、馬鍬谷の燦光洞を、黄金の森を、太古の森を、騎馬民族の疾駆する草原を、数々の尖塔きらめく古い都を、そして暗黒の落ちる影なす国を渡ってきたのでありました。ああ、旅っていいなあ。家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る。

ところでこの指輪物語には、人間のほか、いくつかの古い種族が登場してきます。エルフと呼ばれる始原のものなる妖精族、鉱山を掘り金属の細工に長けたドワーフ族、そして丘をくりぬいた穴に住み、何があっても美味しい食事とパイプ草を忘れないホビット族などです。このうちホビット族は、おそらく作者トールキンの創作にかかる種族ですが、エルフとドワーフは、古いヨーロッパの伝承に深く根ざした存在です。で、今回のひま話では、ドワーフについて少し書いてみます。

8月4日付のひま話(コーンワルの鉱山妖精)を読んでくださった方は、イギリスの鉱山に棲む妖精について、精霊信仰的な面からアプローチしていたことをご記憶と思います。しかしこのテーマには、実はもうひとつの重要な切り口があります。先のコラムで言えば、「…新参の武装移民に平野を追われて山に隠れ住んだ原住民族を思わせる…」という部分がそれです。
スカンジナビアでドウェルガル、ドイツでツヴェルク、イギリスではドワーフと呼ばれた彼らを語るには、後者の側面、つまり小人族のモデルとなった民族の存在を考慮にいれる必要があります。ドワーフ族は、背が低く、ずんぐりした頑強な体をもち、鍛冶仕事や鉱山での作業に深い造詣を持っていました。伝説に語られる人間たちとの係わりや習俗のリアルさは、彼らが実在した種族(の末裔)であったことを偲ばせます。魔法を使ったり、姿の見えなくなる隠れ帽子を持っていたり、壁や岩を通り抜けたり、行いのよい人間を助けたり、貴重な贈り物を授けたりといった、御伽噺的要素も付与されてはいますが、それでもなおいくつかのディテイルは、彼らがほんの数世紀前まで、人間たちと共存していた排他的な異種族だったことを示唆しています。おそらくドワーフ(のモデル)は、好戦的な侵入者たちに土地を奪われた先住民の子孫であり、あるものは奴隷として、あるものは荒野に追われた賎民として、征服者達と交渉を持ち、鍛冶や採鉱などの特種技能によって、細々と生活の糧を得ていたと考えるのが妥当でしょう。

もっともその原型をただひとつの民族に帰すべき理由はありません。むしろ類縁関係にあるいくつもの伝承が複合して、今に伝わるドワーフ像が醸成されたとみる方がいいでしょう。
北欧神話(エッダ)では、ドワーフは巨人ユミルの肉から這い出てきて、神の力で人間と同じ知力と姿を与えられたウジ虫として語られますが、スカンジナビア人によって山岳地方に追いやられたフィン民族の末裔の姿も投影されているようです。彼らは雷神トールのハンマーを鍛える冶金師でもあります。
またゲルマン人にあっては、AD4世紀の民族大移動以前に大陸に住んでいたケルト系、あるいはスラブ系(備考1)、その他の少数異民族とドワーフの姿とが重なりあっていると考えられます。ゲルマンから見た彼らは、みすぼらしい種族で、かん計と狡智によってのみ、すべてを達成する連中だとされていました。ジークフリートのようなゲルマンの英雄は、決して彼らを自分たちと同等に考えませんでした。小人たちは組織された共同体をつくり、独自の王を持っていますが、その王でさえ、ゲルマンの伝説のなかでは、英王の臣下に過ぎません。例えば小人王アルベリッヒはニーベルング王の家臣です。ドワーフは名剣の作り手であり、護持者でもありました。

しかし、民族大移動よりさらに古い記憶からの投影もあったに違いなく、「鉄の歴史」を書いたベック博士は、「あらゆるインドゲルマンの住民で、同じような小人伝説が見出される。ゲルマンが技術に長じた小人族の観念を、超人的に強い巨人の観念とともに、すでにその最古の郷里から持ち来ったことは疑う余地がない」としています。「小人族は人間と同じだけ古い。彼らははじめ荒野や山脈を切り開くために創られたという。彼らの後に巨人族が生まれた。巨人族はどの伝説でもアジア人であるように思われるが、ゲルマンにあっては、小人族ほどに明瞭な形をとっていない。巨人族の任務は恐ろしい毒虫(ゲヴェルム)を倒すことであった。巨人族の後に英雄(ゲルマンの先祖)が生まれる。その任務は、小人族を味方につけて、巨人族と戦うことであった。こうして小人族と巨人族は、人間の二つの対立物を表現している。」と博士は語っています。
ドワーフの特徴として、「色がいとわしい上に腹がぶよぶよで、粗野な衣服をまとい、偏平足である」としているのは、いく分侮蔑的な感じがしますが、一方で、「小人族が昔からの弱い先住民の残存者であるとしても、その技術や文化は相当のレベルに達し、熟練度と知識において多くの事柄で征服者であるゲルマンよりも優れていた」とも書いているので、まあ多少埋め合わせされています。(それにしても、なんだか現代の日本人を想起させるコメントですよね)

ドワーフたちは、たいてい洞窟や山の中に住んでおり、常に鉄の製造や鍛冶に結びついています。小人族の洞穴であったという場所が、今でも各地で言い伝えられています。その多くは昔の鉱山跡で、バット・エムスにあるハインツェルマンシェール(小人族の洞窟)は、その名もずばりの好例です。
スイスのジュラ山脈の森の中には、ローマ以前の古い製鉄場の跡と洞窟住居がいくつもあり、小人族にまつわる伝説が沢山残っています。森の小人や黒い小法師がここに宝を隠したというような話です。伝説を信じた大勢のトレジャーハンターたちが山中の洞窟を探索しました。バーゼルの僧正や地方の僧たちさえ、その仲間に加わったといいます。けれども、いくら探しても価値のある宝ものは発見されず、ために多くの家系が零落しました。それでも洞窟に眠る宝の伝説は強固でゆるぎなく、ビルボが冒険で持ち帰った宝を横取りしようと袋小路を掘るホビットや徳川埋蔵金を探すテレビ番組のような、欲望に浮かされた空騒ぎが後々まで絶えなかった様子です。
伝説中の小人族たちはとても敏捷で、人間たちは宝物を蓄えた住居を見つけようと、ドワーフを追いかけますが、彼らは岩の割れ目を通って中に入ってしまうので、決して追いつけません(ベトナム戦争で掘られた地下のゲリラ基地が連想されます。スリムで小柄なベトナム人が悠々潜れるトンネルを、アメリカ人はまったく通過出来ませんでした)。しかし、その奥の岩の中には、数々の宝物が隠され、優れた武器が鍛えられていると信じられました。ドワーフの王は地下に壮麗な部屋を作り、金銀宝石で岩窟を飾り立てているものとされました。
こうした伝説の古さと執拗さは、失われた民族の古い金属産業の記憶がいつまでも消え去らなかった証拠と言えるでしょう。
ベンスベルクのリューデリッヒにある鉱山は、おそらくゲルマン民族が侵入する以前から稼行されていた大規模な鉱山のひとつで、非常に古い石のランプ、銅や鉄の先端のついた木製の破砕具、木のシャベルなどが発見されています。鉱山を営んだ先住民たちは金属の加工と使用に習熟しており、ゲルマンに土地を奪われた後も、優れた技術を継承した子孫が鍛冶仕事を提供しながら細々と代を重ね、後の小人伝説に数々の彩りを添えたと想像されます。

小人族が追われる民の末裔であったことは、征服民たちの蔑視によってそれと知れますが、歴史的背景をもつ古い伝説によれば、昔、人間(征服民)の屋敷では、どこでもハウスツヴァーク(屋敷づきの小人)やハウスシュミード(屋敷づきの鍛冶)を抱えていました。人々は、家の外の一定の場所に彼らのためのテーブルを用意し、そこに食事を入れた壷を置いたそうです。また小人の住む洞穴の前を通る人は、必ず入口にお金とパンを置くという掟もありました。

ドワーフの特徴をさらにいくつか列記してみましょう。
小人族は人間を恐れて逃げ出します。しばしば臆病で、負け犬的な民族として描写されることがあります。敗残の民が皆そうであるように、彼らは自分たちの古い神々に固執し、人間からは悪意をこめて異教徒と呼ばれました。教会の鐘の音を嫌い、鐘が鳴りだすと、あわてて聞こえないところまで走り去ったといいます。それでも、征服民の前から完全に消え去ることはありませんでした。さまざまな生活物資や援助を受ける必要があったからです。特に次の3つの場合、ドワーフたちは援助を求め、人間の方も余程のことがない限り、これを拒みませんでした。
第一に、彼らは人間の女性を産婆として必要としました。特に巡回して歩くドワーフにはその援助が切実でした。このことは彼らの家族、つまり出稼ぎに行く先住民の残された家族が、孤立して生活していたことを示しています。
第二に、宝物の分配と争いの調停にあたって賢い人間を招きました。そうすることで、主権者からの権利防衛を図ったのです。
第三に、結婚式のために人間から大広間を借りるのを慣わしとしました。
こうした援助の代償として、ドワーフから人間に、数々の芸術的な装身具が提供されました。

ドワーフたちがダンスと音楽をどんなに愛好したかは、語り草になっています。彼らはしばしば、深夜、森の中で秘密の舞踏会を催しました。しかし彼らが最も好んだのは、歌と踊りとで祝われる華美を尽した結婚の祝宴だったようです。現代のドイツでも、結婚祝宴と結婚前夜祭が行われていますが、この慣習はおそらくドワーフから継承したものでしょう。なぜなら、ゲルマン人は本来、結婚の契りを真剣な法律行為として取り扱う民であり、彼ら自身の法習慣に、ドワーフたちの酒宴が後から結びついたと考えれられるからです。グリムによれば、ドワーグモル(dvergmal)、すなわち ツヴァークフェスト(Zwergfest:小人族の祝宴)という言葉から、Vermahlung(結婚)という言葉が生まれたそうです。dvergmal は結婚の契りを意味する古い表現でした。

ドワーフたちの魔法的な側面は、彼らが、ゲルマンたちにとって神秘的な技であった製鉄技術、火と雷を操る技術に長じていたことから敷衍したと思われます。言い伝えでは、ドワーフは、一方で援助を与えてくれる人間に感謝を示しながら、他方では、もともと彼らのものだった土地を奪った人間を憎み、折あらば危害を加えようと思い巡らしていました。彼らが、空中から矢を射かけるという古い信仰があります。稲妻もまた、彼らに関係づけられ、Albschoss 小人の矢・妖精の矢 と呼ばれました。スコットランド語では alfarrow 、英語で elfflimt,elfbolt です。
またドワーフは風を吹き起こすもの、 vindalfr(吹く小人)として登場することがあります。「これは一方では隕石と関係し、他方では冶金作業におけるフイゴの利用と関係がある」とベック博士は述べています。

小人族は灰色の着物を着て、隠れ帽子を持っています。トールキンやディズニー映画に現れるドワーフはしばしば派手な色の頭巾やズボンや靴下を身につけていますが、もともとは、冶金作業者に相応しい煤だらけでみすぼらしい服装をしているのがお決まりでした。彼らの隠れ帽子は単なる帽子ではなく、頭からすっぽりかぶる独特の上衣(隠れ蓑)でした。中世の坑夫が愛用した衣、そして伝統的に妖怪の着物として登場するのが、この種の雨外套(Kapuzenmantel)です。

以上、見てきたように、ドワーフ族は、もともと古代製鉄(または冶金)技術の担い手であり、その排他的で神秘的な技術の継承によって、魔法を操る者、あるいは妖精的な存在として、一般の人々に意識され、彼らがすっかり姿を消してからも、不可思議な(架空の)小人として長く語り伝えられたのでしょう。

なお、ドワーフには白ドワーフと黒ドワーフがあるとされ、それぞれ善悪を象徴しているのですが、こうした観念的な分離は後代になって生じたと思われます。黒ドワーフの系統からは、オーク鬼やゴブリン、ドイツの鉱山で身の毛もよだつ恐怖の的であった山鬼が派生したのでしょう。そして白ドワーフの系統は、よき魔法使いやエルフ、白雪姫を保護した小人たちに繋がっていったのでしょう。

備考1:ロシアの特にスラブ系の民族には、家に住み着くドヴォレンニク(家の精)あるいはドモヴォイと呼ばれる精霊の伝承があり、その性質は西欧の家つき小人やドワーフのそれとよく似ている。ドモヴォイはさまざまな姿をとることがあり(老人、あごひげの長い毛むくじゃらの人間(毛は生命力の象徴でもある)、小人、白いルパシカを着た普通の人)、動物に変身する能力があり、ときに姿を見るのは危険だといわれたり、好色だったり、夢魔だったり、家畜の守り神だったり、かまどの火の神だったりする。ここでもさまざまな古い伝承が入り混じっているようにみえる。(戻る

備考2:ここに述べたドワーフたちの気質、結婚式や祝宴、人間に産婆を求めること、金銀財宝などにまつわるさまざまなエピソードは、グリム兄弟のまとめた伝説集(グリムドイツ伝説集−人文書院 1987)に詳しく紹介されている。たとえばザルツブルクに近いウンタースベルク山(ヴンダーベルク山(不思議山))は、異種族、山小人、山姥といったさまざまな異人にまつわる話の宝庫である。

備考3:「小びとというのは無意識内にある下位の創造力であるのが常で、助けとなって無意識から物を持ってきてくれるか、それとも物を盗んでいくかのどちらかです。つまり、そういうときは一種の一時的意識混濁が起きているようなもので、判断や力が突然消え失せてしまいます。これはよく起きます。…」(ユング 「ヴィジョン・セミナー1, p690」)

ユングの弟子の M.L.フォン・フランツは、ティータン(巨人)の姿が現す猛烈なエネルギー、生の創造的な躍動、創造の衝動に対して、小人を「もっと遊びのまじったちっぽけな弱い衝動、滑稽なちょっとした(実用的で実現可能な)アイディアや創造的な冗談」として指摘している。そうしたアイディアは、無意識から突然現れる。「いたずらっぽく、すばやくあなたの心にいいタイミングで入りますが、もちろんそれをすぐに表現してちゃんとつかまえないと、失ってしまうことになります。」 もしそれを見過ごして取り上げないと、「小人たちはひどくイライラします。」(世界創造の神話」より)


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