本邦鉱物図誌 第4巻 より抜粋 (誤字・誤記が疑われる部分も原文を原則採用)

東京大学 須藤俊男 執筆
       伊藤貞市 著 
昭和16年 大地書院 

5)簡単な定性試験 

...定性分析といっても定量の分析と同じような注意と綿密な態度が絶対に必要である。よく定性であるからとて試験管中にやたらに調合し熱し、振り回して実験するのは大いな誤を来たすもとである。資料を相当量取りビーカーを用いて定量と同じ態度でろ過し、熱し、なるべく試液を濃縮して行わないと良結果が得られぬことが多い。

また鉱物関係では常に目的の資料の分離がすべての分析の前に行わるべき重要な仕事であることを忘れてはならぬ。この分離が不完全なものはその結果に信をおくことが出来ぬのは勿論であり且大きい誤を来たすもととなる。
分析におけるもっとも大切なことは決して「あせらぬこと」、「沈殿の洗い方焼き方の完遂行」の2つであると考えられる。...

(以下、各試験にあたって用意する器具、薬品類、その運用法について詳細な記述があるが省略する。−SPS)

★吹管を用いて行う時の諸種の操作及び観察事項

A)白金先ピンセットで吹管前で熱すること

1)還元焔で熱してもし磁性ある球が生じた時は鉄の存在を示す。また時にニッケル、コバルトであることもある。もしアルカリ反応を呈する時(すなわちその熱したものを濡れた黄色試験紙(ターメリック紙)上において変色)は、アルカリまたはアルカリ土金属の存在を示す。(Na,K,Ca,Sr,Ba,Mg等)

2)炎色反応  (炎色反応表
吹管で吹き付ける時、たいていのものは蒸発する。その時ある特定な元素は焔の中に着色してみえる。これをこの元素の炎色と称する。十分きれいにした白金線の先に粉末をつけて炎の中に入れる。この時白金線は十分きれいにして他の炎色を示さぬようにしておく必要がある。それには常に希塩酸を用意してそれをつけては熱して洗う。
余分の炎色を示さぬようになったら、蒸留水でよくきれいにする。この理由は、塩化物とするとたいていの元素はより蒸発しやすくなるからである。従っていよいよ試料の炎色を見ようとする時も資料を希塩酸にひたして行うと非常に明らかに炎色反応が行われる。もちろん塩酸は最純のものを必要とする。

大きいものは直接ブンゼンバーナー中に入れて炎色が見えるが、もとよりその元素の炎色が見えるためにはその元素が蒸発するを要するのであるから、ある温度異常熱しなければ蒸発が起こらず、また従って炎色反応の見られぬものもある。暗室であれば十分であるが暗室でなくても黒色の衝立または本の表紙などで十分である。

普通は焔の最高温度の付近に入れる。揮発し難いものとし易いものと両方ある時は温度の低い所に入れると揮発し易いものは最初に、揮発し難いものは後に揮発する。揮発し易い金属は炎色の時間が短い。溶融揮発し難いものは薄片を強く吹管酸化焔で熱してそれをそのまま外焔中に引き入れて見る。

また資料を灼熱してその温かき間に濃塩酸に浸してから焔に入れ炎色に注意する。ナトリウムは空間中に 1/14000000mg あれば黄色の炎色反応を示す。また灼熱しただけで炎色が現れぬ時は、 KHSO+S につけたり、またHFで浸して行うとよく現れる場合もある。

B)閉管中の反応  (反応表

空気の流通をなくした状態において熱するを理想とするが、一方が開いているため理想通りゆかず一部酸化作用が行われることがある。次の如き事項に注意する。

a)状態及び外観の変化
  1.熔融するか、又すればその程度
  2.パチパチはねるか否か(へき開の存在するものに多い)
  3.燐光
  4.色の変化、熱すると変色するものがある。
    これは熱い時とさめてからとで異なるものがある。

b)ガスの発生
  1.炭酸ガス 無色無臭、水酸化バリウムの一滴で試験
  2.亜硫酸ガス 無色、刺激臭 湿したリトマス紙を赤変、 
    硫酸塩または硫化物より生ずる。
    硫化物の時は管内の少量の空気が作用するのである。
  3.酸素
  4.アンモニアガス
  5.フッ化水素 無色、刺激臭、ガラスを腐食、強酸反応
  6.亜硝酸ガス 赤い蒸気、刺激臭
  7.臭素 赤褐 刺激臭
  8.ヨウ素  紫色
  9.褐色の煙、暗色の昇華物、(有機物より)

C)開管によるテスト

十分空気の流通下で酸素の供給下で熱するを目的とする。

 a)臭気
  1.硫黄臭  湿したリトマス紙を入れると青変する。
     硫黄が酸化して亜硫酸ガスとなる時、生ずる。
     非常に強い刺激臭、もし適当に酸化させると昇華物は生じない。
  2.にんにく様の臭 砒素が完全に酸化されずに、その化合物
     からすぐ飛び出す時の臭気。
  3.セレンの臭 Seが完全に酸化せずにその化合物より
     出る時発する。

 b) 昇華(別表

 c) 残滓の性質 多くは完全な酸化物である。

D)木炭の上の反応

酸化作用も還元作用も行いうる。還元作用の場合は木炭を傾けて炎を下方にむけ試料を吹くようにする。この時多くの元素は昇華して空気中に出て、酸化して酸化物の皮膜となって木炭上に沈殿する。

また酸化作用をする時は木炭の上に薄く試料を拡げ小さい酸化焔で吹く。孔雀石を還元焔で吹くと銅が還元されて出てくるし、また錫石から錫をうることが出来る。また白鉛鉱より鉛をうる。

黄鉄鉱を木炭上に薄く拡げ酸化焔で吹くと酸化され特有の臭気の亜硫酸ガスを発して Fe(または一部FeOを含む)となる。すなわち暗赤色となる。粉の上につぶしてみると赤い粉となる。磁石でひきつけてみると多少磁性がある。(もし完全に酸化されていれば磁性なし)

NaCOは試料中の金属塩に作用し炭酸塩に変えるが、この炭酸塩は直ちに分解して酸化物を生じ、これは木炭及び還元焔中の炭素のため、還元され金属を遊離する。また一面融剤としても作用する。

観察すべき事項は次の如くである。

 a)臭気
  1.亜硫酸ガス 硫化物を酸化焔で熱した時
  2.にんにく様の臭 砒素または砒化物を還元焔で熱した時
  3.セレンの臭 (還元焔)

 b)昇華 (別表

 c)金属球を得ること
  無水炭酸ソーダと混じ還元焔を用いる。
  1.金 容易に熔ける 熱冷時とも輝く 昇華なし 黄色展性
  2.銀 容易に熔ける 熱冷時とも輝く 昇華なし 白色展性
  3.銅 少し高温で溶ける 還元焔中では輝く
      しかし酸化して空気中に出すと黒くなる。赤色展性
  4.鉛 容易に熔ける 還元焔中では輝いているが
      空気中では酸化して光沢を失う。黄色の昇華 
      球は軟らかく切断される      
  5.ビスマス 同上 球はハンマーでたたけば多少平たくなるが脆い
  6.錫 白い昇華が出る 球は鉛と同じく軟らかく切断される
      昇華は強く熱しないと生じない。
  7.磁性がある時は鉄、ニッケル、コバルト等を含む
  8.アルカリ性を示す時はアルカリ、アルカリ土金属を含む
  9.無水炭酸ソーダと共に還元焔で熔融してその熔融塊を
    水に温して銀板の上におき、もし黒い斑点が出来たら
    硫化物または硫酸塩であることを示す。

E)硝酸コバルトによる反応 

Co(NOの水溶液を鉱物片につけて熱すると Co+NO+Oの如く分解してCoOが鉱物中のある元素と化合してその元素に特有な色をその鉱物につけるので、一つの検出方法に用いられる。有色鉱物やまた熱すると有色となる如き鉱物では不適当である。その例は別表を見られよ。

F)熔球反応  (硼砂球反応表) (燐塩球反応表

白金線の先を円くしてそれを熱し、直ちに硼砂粒の一つにつけると、粒は白金線のあつい部分に引っつく。それをさらに熱すると結晶水を失うので著しく膨張するが熱し続けると透明なガラスとなる。また燐塩も同様の操作で行うと結晶水を失い、 NaPO(メタ燐酸ソーダ)となる。
    HNaNaPO・4HO=5HO+NH+NaPO
この硼砂ガラスまたはメタ燐酸ソーダはいずれも塩または酸化物に出会って硼酸塩または燐酸塩となり特有な色を示す。

燐塩は白金線に対し粘着力が弱いから、熱している時吹き飛ばしたりまた落としたりするから注意を要する。バーナーを立てて行っていると落としてバーナーの口をつまらせることがあるから、必ずバーナーを少し傾けて熱することが必要である。木炭上で揮発しやすい金属を揮発させて酸化物として鉱衣を生ぜしめその一部を取って行うとよい。

還元焔で行う時、うまく還元焔の色が生ぜぬ時は塩化第一錫のごく小さい粒を溶球につけ、その裏方を熱する(この時熔球を焔の中に入れぬようにする)。反対側の塩化第一錫は熔球中に入り、その熔球に還元焔の時の色をよく現さしめる。塩化第一錫の小粒は還元剤であるから、白金線に付着せしめぬよう注意するを要する。強い還元剤であるし、また上述の意味から出来るだけ小さい粒で行うようにする。

熔球として無水炭酸ソーダを用いることもある。この時は粉末を少しづつ白金先の輪につけ、熱する中に炭酸ソーダの熔球が出来る。これは冷えると不透明な熔球である。これには二つの主な特有な着色反応がある。すなわち酸化焔で吹き熱するときは緑、冷えると青色となるのはマンガンの存在を示す。還元焔で吹くと消える。ゆえに白金るつぼのようなもので行う時もふたをせず、また特にふたで行うとうまくゆく。

黄色は(酸化焔で)クロームの存在を示す。

G)酸に対する反応

一般に金属光沢のないものは塩酸がよく、硫化物また砒化物は(多く金属光沢を示す)硝酸がよい。

 a)ガスの発生
  1.炭酸ガス ほとんどすべての炭酸塩より
  2.硫化水素 硫化物より
  3.塩素 少数の酸化物を塩酸中に加えるとき
  4.亜硝酸ガス 硝酸より(酸化が行われている場合)

 b)溶液の色
  1.こはく色 (Fe)
  2.緑 (Fe+Cu、または Ni)
     アンモニアを入れると青くなる。銅の方が著しい。
  3.青 (Cu) アンモニアを加えると特に著しい
  4.桃 (コバルト)

 c)不溶解物の状態
  1.溶液を蒸発して生じ、水や酸を加えても溶解せぬ
    ものはSi(珪素)の存在を示す。
  2.白くてもこの試料の粉末よりも透明なもの(珪酸塩)
  3.白い残滓 錫やアンチモニーを含む鉱物及び
    鉛の硫化物が硝酸で酸化された時に生ずる。
  4.黄色い残滓 タングステン、また硫化物が硝酸で
    処理された時生ずる。

別表(各試験による反応)

諸元素の検出法


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