42.タンザナイト  Tanzanite   (タンザニア産)

 

 

タンザナイト −タンザニア、メレラニ産

 

 

タンザナイトという名前は、「味の素」、「ゼロックス」などと同じく、商品名である。だからといって、灰れん石の紫色の亜種と呼んではつまらない。

この鉱物は、1960年代に発見され、いろいろな宝石業者がサンプルを手に入れたが、新種の宝石として大々的に宣伝販売したのは、アメリカのティファニー商会だった。仕入れ担当のティファニーの副社長は、1週間考えた末、販売に踏み切ることに決め、さっそく大量の原石を買い占めにかかった。
販売にあたって、宝石名を「タンザナイト」としたが、それは、この鉱物の学名「ゾイサイト」が英語の「スーサイド(自殺)」によく似ていて、響きが悪いと思ったからだという。当時、「タンジェロファイト」という名前でも呼ばれていたそうだが、今ではタンザナイトに落ち着いた。

原石は熱処理することによって、濃い赤紫がかったサファイヤのような色になる。最初にアルシャ近郊で発見されたロットは、処理の必要のない、美しい石だったそうだが、不適切な熱処理のために、大半が台無しになってしまったという。原石は、写真のように、同じ結晶内で上部は青色、下部は蜂蜜色に分かれたものが多い。適当な熱処理をすると、この蜂蜜色が美しいブルーに変化するのである。
キャッチコピーは「キリマンジャロにかかる、夕暮れの夜空の色」。

タンザナイトは、眺める方向によって色が変わって見える。紫色に見える方向と青く見える方向とがあり、中には赤く見える方向をもつ結晶もある。(1999.3)

 

 

 

タンザナイトの発見

1967年7月、タンガニーカはアルシャの町から南東に65キロ。キリマンジャロ山の南西斜面で、一人の男が、透明で美しい濃青色の石を見つけた。男の名前は、マニュエル・ド・スーザ。インド系の住民で、洋服の仕立て屋を営んでいた。この一帯で採れる、緑色のゾイサイトに赤いルビーの入った石を探していて、思いがけず未知の鉱物に出会ったのだった。彼は最初サファイヤを発見したと思って大喜びした。が、すぐにサファイヤにしては硬度がやや低いことがわかった。

石の美しさに惚れこんだ彼は、とにかく鉱区を申請し、原石をドイツのイダー・オーベルシュタイン(オバーシュタイン)に送ってカットさせた。サンプルロットは、さまざまな研究者の手に渡り、ハイデルベルグ大学のベルデシンスキーとバンク博士の下で、ゾイサイト(ゆう簾石)の一種であることが確認された。成分分析によれば、青い発色にはバナジウムが関与しているとのことである。

その後、この風変わりなゾイサイトは、ハイマン・ソール氏がアメリカのティファニー商会へ紹介したのをきっかけに、広く世に現れた。仕入れ担当の副社長ヘンリー・プラットが、タンザナイトの名前で大々的な宣伝販売を始めたからである。時流に乗ったハイマン一家は原石の供給で大金持ちになった。ハイマンの息子のジョンはナイロビにオフィスを構え、タンザナイトの三大鉱山の一つで大株主におさまった(後に鉱山は国有化される)。

一方、発見者のマニュエルは、それほどの幸運に恵まれなかった。彼は鉱区の許可が下りると、事業のパートナーを募集するため、「イースト・アフリカン・スタンダード」というローカル紙に、1ページ大の広告を出した。最初に応じてきたのはあるギリシャ人で、詳しい話を聞き出すと、すぐ隣の鉱区を買い、自分で宝石を掘りはじめた。次にはドイツ人がやってきて、同じように鉱区を獲得した。イギリス人が来て、また鉱区を申請した。こうして、次々にやってきた山師たちは、マニュエルの周囲に群がり、ついに90鉱区からなる20平方マイルに及ぶ広大な鉱山地帯が出来上がった。

マニュエルは自分の鉱区の採掘を始めた。経営は苦しかった。いい石が採れると、使用人たちが、みんなポケットに入れて持ち帰ってしまったからである。彼は監視人を雇った。すると監視人まで一緒になって石を盗むのだった。彼らにポケットのない上着を着せることを思いつくまで、盗難は後を絶たなかった。マニュエルの善意は、まったく通用しなかったのである。

やがて、パパニコラウという男が彼の協力者となった。また採掘した石の輸出を一手に引き受けてくれるクラインという男も現れた。彼の苦労は、ようやく実を結び始めたかにみえた。しかし今度は、利益配分を巡るパートナー同士の確執が起こり、ついに裁判沙汰にまで発展した。マニュエルは、ほとんどノイローゼ状態になってしまった。

その頃から彼は、洋服屋時代に使っていた古いミシンを引っ張り出して、一日中その前で座っていることが多くなった。そして、ミシンを踏みながら、こうつぶやくのだった。「まさか洋服屋から宝石を盗もうとする奴はいないだろう。」と。
彼は、ただの洋服屋だった時の方が、ずっと幸せだったかもしれない。(1999.6)

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