44.金緑石 Chrysoberyl (ブラジル産) |
新潮国語辞典には、「金緑玉」(chrysoberyl)の項目があり、「宝石の一。ベリリウムとアルミニウムとの酸化物。黄色または黄緑色で美しい」とある。隣に「金緑色」の項目が並び、「緑色を帯びて光る金色」と説明している。この宝石の色合いを表現するのに、じつに美しい日本語を選んだものだと思う。
ちなみに、国際名称のクリソベリル(chrysoberyl)は、「金色のベリル(緑柱石)」を表し、ベリルという言葉は、もともと緑色の宝石を意味したから、あるいは、そのままやんけー、ということなのかも知れない。
文学者、稲垣足穂に「金緑の蛇」という作品がある。うろ覚えだが、たしかホフマンの幻想伝奇小説を下敷きに、学生アンセルムス君がエメラルド色のうろこを持った蛇の化身である若い娘に恋をして、おとぎの世界の愉悦に目覚め、金緑の翼に乗って六極の外に出で、無何有の郷に遊び、こうろうの野におらん、といった内容であった(なんかごっちゃになってる気もするが...)。
私は、金緑石の文字を見ると、どうしてもたおやかな蛇娘と生真面目な大学生のこの世ならぬ美しい恋のみちゆきを思い浮かべてしまうので、なおさらこの石が愛しく思えてならない。石の美しさに吸われて、鉱物世界の秘密の花園に迷い、馥郁芳醇たる香りに、あー俺も酔いてー、といったところである。
cf.
「私の印象に焼き付いているもの、それは雰囲気、楽園のようなある雰囲気、あの緑色、金緑色です。それから静寂、完璧な静寂です。そうして私はその地帯へ、その聖なる空間へ入り込むのです。」(エリアーデ「迷宮の試煉」(住谷春也訳)より)
金緑あるいは緑金はそもそも錬金術的なイメージの語で、至高の物質としての金、及び若さと生命力を象徴する緑が結びついたものである。
cf2.
「緑色の金は生気であり、錬金術師が人間だけでなく無機的な自然にも見出したものである。それは生命霊(ガイスト)・世界霊(アニマ・ムンディ)・宇宙の子供(フィリウス・マクロコスミ)、全世界に生きる原人間の表れである。この霊は無機物にまで入りこみ、金属や石の中にもいる。」(ユング自伝)
「緑は『復活』の象徴としてオシリスのシンボルなのである。」
(フォン・フランツ「男性の誕生」)