770.マンガンパイロスマライト Manganpyrosmalite (日本産)

 

 

manganpyrosmalite

マンガンパイロスマライト(バラ輝石中) -栃木県日光市足尾町 久良沢鉱山 新山神坑産

 

層状変成マンガン鉱床中に産するフィロ珪酸塩鉱物のひとつで、 (Mn,Fe)8Si6O15(OH,Cl)10の組成を持つ。変成作用に加え、交代作用によって Cl(塩素)を成分に得て生じるもので、日本では足尾山地内に複数の産地が知られるが、世界的には希少種と目される。
足尾山系鷹ノ巣鉱山の本鉱は(層状マンガン鉱床に普遍的な)バラ輝石 ((Mn,Ca)5(Si5O15)〜CaMn4(Si5O15))に、水蒸気や塩化水素が作用して出来たとみられ、この反応の結果として石英が共存する。また少量の方鉛鉱を伴っていることが多く、PbCl2を主とする化合物の形で Cl が行動したと考えられている。
画像の標本の産地、久良沢(きゅうらざわ)は鷹ノ巣から山ひとつ越えたところにあり、おそらく世界で唯一、本鉱を鉱石として採掘した鉱床だろう、と加藤昭は述べている。新山神坑(しんさんじんこう)と大滝坑に本鉱を産したが、前者は比較的鉄分に乏しく、後者は富む傾向があった。鉄分が少ないとマンガン鉱物に特徴的なバラ色を呈し、鉄分が多くなると黄褐、灰褐、緑褐色などを示す。鉄分優越種は鉄パイロスマライトと呼ばれ、両者間に広い範囲で連続固溶体系が認められる。
久良沢鉱山が稼働されたのは1950-60年代だったが、その後は本鉱を求めてズリを詣でる愛好家が永らく訪ね続けた。稀に六角板状の自形結晶が空隙に生じており、これを目当てに通ったのだ。

ちなみにムーアの発見概要(2016)は、本鉱の結晶標本の世界的な産地は唯オーストラリアのブロークンヒルあるのみ、きわめて美しい宝石質の六角板状結晶が出た、と書いている。最大のものは4cmに達した。とはいえ新たな良品は出ていないようで、今日では時たま一点モノが市場に出るくらいらしい。

本鉱の初めは、 1808年にやや鉄分に富むものが pyrosmalite パイロスマライトの名で報告されていたが、ニュージャージー州スターリンヒルにマンガンに富む三方晶系の相が発見されたことを受け、1953年に manganpyrosmalite マンガンパイロスマライトの名で新たに記載された。そして1987年にオーストラリア、クイーンズランド州産の鉄分優越種が ferropyrosmalite として記載され、pyrosmalite はグループ名となった。これは火と臭いに因んだ名称で、熱した時に発生する異臭に由来するという。
このグループにはマンガンパイロスマライトと同様の組成 Mn8Si6O15(OH,Cl)10 (鉄は必須でない)で単斜晶系のフリーデル石 friedelite があり、1876年の記載。同じ晶系で塩素分に乏しい マクギル石 Mcgillite  Mn8Si6O15(OH)8Cl2 は 1980年に記載された。フリーデル石のポリタイプのようだが異なるという(累層秩序に相違がある)。久良沢にも報告されている。

補記:「鉱物採集の旅 関東地方とその周辺」(1972)は、鷹ノ巣鉱山の道下坑の下のズリ場での採集を紹介している。バラ輝石の塊が接する暗灰色のチャートをよくよく見ると、無色〜淡紅色のへき開のある鉱物が細い脈をなして入っている。ハンマーで簡単にキズがつけば(加藤先生は硬度計などなくてもハンマーをあてた感じで分かる派)、本鉱という。硬度4.5/ へき開一方向。
この本の時分には、マンガンパイロスマライトの確実な産地は世界に 6ケ所しかなかった。

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