772.鈴木石 Suzukiite (日本産) |
甘茶鉱物趣味人のバイブル、「鉱物採集フィールド・ガイド」(1982)の初章に、「まるで宝石のエメラルドのような鮮緑色透明、板状または長板状の結晶で、ピンク色のばら輝石の中に埋もれて、目の覚めるような美しさである」と述べられた石。続けて綴られた著者の幸せな採集体験を読み、カラー口絵の標本を眺めた愛好家は、鈴木石に激しい慕情を掻き立てられずにおれず、必ずや産地茂倉沢の訪問を期したに違いないと確信する。
とはいえ、行ったら採れるという石ではなく、またいつでも市場に標本が出ているものでもない(もっともこれは多くの国産鉱物種についても同断だが)。
鈴木石はバリウムとバナジウム(4価)の珪酸塩鉱物で、組成式
BaVSi2O7 (Ba2V24+[O2|Si4O12])。ストロンチウムとバナジウムの珪酸塩鉱物である原田石
SrVSi2O7 との間に固溶体関係が成立する(Dana
8th)。
本鉱及び原田石の発見と命名の経緯は「日本の新鉱物」(フォッサマグナミュージアム 2001)はじめ、いくつかの鉱物本に詳述されているが、私には、ちょっと何を言ってるのだか分からない、ところがある。どのテキストを読んでも、書かれていないアレコレが行間に山のように隠れている気がするのである。また上掲書の原田石、鈴木石、長島石の記事の間には整合性が欠けているとも思われる。
しかし大枠を言えば、両種の記載には当時北海道大学で助教授を務めていた方々が関わり、同大学理学部の創設以来の教授方(原田博士、鈴木博士)にそれぞれ献名が行われた、のである。
原田石は岩手県野田玉川鉱山や奄美大島の大和鉱山で 1960-62年頃に発見され命名された(記載
IMA 1963-011)。鈴木石は 1973年に岩手県田野畑鉱山や群馬県茂倉沢鉱山に発見され、原田石と同像の新鉱物としてその名が予定された(記載
IMA 1978-005)。原田石があってまだ鈴木石に相応しい候補が見つからない10年の間、関係者方は随分気を揉んでおられたように見受けられる。人間関係はどこに行ったって大変である。
余談だが、茂倉沢で採集した石を科博に持ち込まれたアマチュア滝沢浩氏の名は、失礼ながら、フィールド・ガイドにある滝沢マン吉(キチ)氏として私の脳裏に焼き付いている(マンガン鉱物が大好物の方らしい)。氏は、すわ、原田石発見!と喜んで科博の加藤博士に見せたところ、やがてバリウム置換体と判明したという。
茂倉沢は層状マンガン鉱床にバラ輝石や菱マンガン鉱などの鉱石を掘った鉱山だが、バナジウムの小規模な濃集作用があったらしく、本鉱の他に長島石や(含バリウム)ロスコー雲母といった(マンガンを含まない)希産バナジウム鉱物をも産した。この3種を俗に茂倉沢のV3と呼ぶそうな。そんな表現を広めたのは、たぶん
1970年代前半に放映された仮面ライダーV3を見て育った昭和3〜40年代生まれの世代だろうと思う。V3の赤い仮面と緑の眼はバラ輝石中の鈴木石を示し、白い鼻筋は周囲にある重晶石や石英の存在を示す、のではあるまいか。
と、こんなことを書いてると、お前の方こそ何を言ってるのだか分からない、と叱声が飛んでくるに違いない…
補記:私は原田石にはどうもご縁がない気がする。いつも目の前を通り過ぎてゆく。多分、自前の標本を紹介する折はないと思うので、代わりに絵葉書を掲げておく。無名会60年記念の製作品である。