773.チンゼン斧石 Tinzenite (イタリア産) |
イタリアのヴァル・グラベグリア地方にはかつて十指をこえるマンガン鉱山があって、百万トン超の高品位鉱が採掘された(cf.
No.771)。
21世紀を迎えても稼働を続けたのはガンバテーザ鉱山のみであったが、この地域で記録された鉱物種は
125種に及んだ(補記)。チンゼン斧石はそのひとつで、この種としては優品といえる標本がガンバテーザ、モンテ・ボッシア、モリネロなど、いくつかの鉱山に産した。
1cm大の刃状の三斜晶形単晶も知られているが、多くは画像のように少しずつ歪みながら平行連晶したロゼッタ集合結晶で、乳黄色〜橙赤色の球果が水晶を縁取るように群れているのが特徴的。
1960年頃から間欠的に切羽やズリで見出されていたが、最近では2001年にモリネロ鉱山産のロゼッタ状標本が
200点ほど出て話題となった。翌年の夏に採集されたロットは
2003年のミュンヘンショーに出た。上の画像はその一つ。
斧石の仲間には、鉄斧石 Axinete-(Fe) (旧 Ferroaxinite)、苦土斧石
Axinite-(Mg) (旧 Magnesioaxinite)、マンガン斧石 Axinite-(Mn) (旧 Manganaxinite)、
チンゼン斧石 Tinzenite の4種がある。先の3種は組成式 Ca2□Al2[BSi4O15](OH)
において、□のサイトにそれぞれ鉄、マグネシウム、マンガンが優越的に入ったものと位置づけることが出来る。対してチンゼン斧石は、さらにカルシウムのサイトにもマンガンが入ったもので、組成式
(CaMn)MnAl2[BSi4O15](OH)
。マンガン斧石よりもマンガン成分に富む。Fe2+をほとんど含まず、鉄斧石との間の領域に連続性はない。
変成度の低い(広域変成ないし接触変成の)層状マンガン鉱床に出る傾向があり、マンガン炭酸塩岩などに硼素化合物や水分が供給されて、交代反応によって比較的晩期に生成するものとみられている。日本では脈状で産することが多い。
Tinzenite の原記載は 1923年で、スイス、グラウビュンデンのチンゼン(ティンツェン/チンツェン)に産した新種の含水マンガン珪酸塩鉱物にその名が与えられた。これが1954年に再検討されて硼素を含む斧石系列の未確認種であることが分かり、現在の扱いになった。原記載では硼素は見落とされていた。
ちなみに Dana 8th によると、ロシアで Severginite
(セヴェルギン石)と呼ばれたものは、本鉱やマンガン斧石であったという。
補記:1997年に鉱物科学研究所さん(当時)がリグリア地方のマンガン鉱床を訪ねられて産地紹介文を配られたことがある。「スウェーデンのロングバンに匹敵する鉱床」と述べられている。