832.モサンドル石 Mosanderite (カナダ産)

 

 

Mosanderite  Agrellite Aegirine

モサンドル石(層状・淡黄褐色)、エジリン(中央・黒色)、
ユージアル石(上部・赤色)、 アグレル石(白色/fl 菫色)
-カナダ、ケベック州キパワ川流域産

 

1838年の暮れ頃、ムーサンデルがセリアから新元素ランタンを発見した経緯をNo. 831 に記した。1826年にセリアが混合物だと考えた時にはこれを分離することが出来なかったのだが、12年経ってみるとうまい方法が見つかったのである。亀の甲より年の功であろう。
その秋頃、ムーサンデルはバストネス産のセル石の塊を割って手頃な標本を作った。昔は標本作りにも作法があって、慣れた人は産状がよく分かるように割ったり、サイズや形を揃えたり、見せたい箇所をもっともいい位置にもってきたり、それはなかなか素晴らしい腕を発揮するのであるが、後には大量の石クズが残るのだった。今ならその石クズが商品になる。
ともあれ、端材を集めて彼の助手は実験用のセリアを作り、ムーサンデルは久しぶりにセリアを操作しているうちに、解決法に思い至ったということらしい。まずはやってみよ。

分離した未知の物質が純粋かどうか疑わしかったので(実際、別の元素が混ざっていたわけだが)、彼は毎日顔を合わせるベルセリウスに話さなかった。しかしエルドマンの試料を見せられて、もしかすると同じ物質かもしれないと不安になった、と言われている。それで自分の試料を見せた、と。
さて、私にはそこからの経緯がよく分からない。ウィークス/レスターの「元素発見の歴史」によると、エルドマンは 1839年にノルウェー産の鉱石からランタナを発見し、「その鉱石にムーサンデルに敬意を表して『モサンドライト(mosandrite)』という名をつけた」とある。だが、そんな美談があるだろうか?
もしエルドマンの試料がランタナであったなら、彼は分析を願ったベルセリウスから、「この元素はムーサンデルが先に見つけていたんだよ。」と知らされたはずだ。そこですんなり、「そうでしたか。おめでとうございます。それなら私の発見した石は親父さんに献名させていただきます」という気持ちに、人はなるのだろうか。ムーサンデルも、「そう?なんだか悪いね。じゃ、そゆことで。」と喜ぶような人柄ではないと思われる。
ネット情報を見ると、たいてい、「エルドマンはムーサンデルとほぼ同時にランタンを発見した」と書かれている。しかし Dana 8th など鉱物書を繙けば、モサンドライトの報告は1841年(発見は 1840年)であって時間差がある。何故か。

エヴァンスの「希土類元素の歴史にみるエピソード」は、「エルドマンの試料はほどなく既知の酸化物の混合物であることが分かった」と述べている(何の酸化物だったかは書かれていない)。そして「この試料を分離した鉱物とは別に、エルドマンはノルウェー、Brevik産のいくつかの鉱物を分析していた。その一つがセリウムを含む新種であることが分かった。 1841年にエルドマンはムーサンデルを記念してモサンドライトと命名した」とある。
私としては、こちらの方がまだ腹におさまる気がする。

モサンドル石は組成 Na(Na,Ca)2(Ca,Ce)4(Ti,Nb,Zr)(Si2O7)2 (O,F)2F2 (Dana 8th) の珪酸塩鉱物である。いわゆるかすみ石閃長岩や方ソーダ石閃長岩など、超塩基性の岩体に産する。もとからこんな複雑な組成(あるいは結晶構造)と分かっていたわけでなく、過去にはリンク石 (Rinkite) 、リンコル石 (Rinkolite)、ヨンストルプ石(Johnstrupite)と同種だとされたり、別種だとされたりしてきた。これらの中ではモサンドル石の報告がもっとも早いのだが、フライシャーの種名集から外されていた時期があった。その後、リンク石が外されそうになったこともあった。とりあえず現時点の IMA のリストには Mosandrite-(Ce)と Rinkite-(Ce) が記載されており、ほかの2つは野外名となっている。
なかなか一筋縄でいかない鉱物のようだ。

上の標本はカナダの有名なキパワ岩体に産したもの。ここは近年の「レアアース危機」で希土類元素の新たな供給源候補として注目された土地の一つで、今にも開発されそうなニュースがあったが、その後大分トーンダウンした。
赤いユージアル石や黒色のエジリン、白色の閃長岩などとの共産は、ほかの産地でもみられる組み合わせ。モサンドル石はベージュ色の粒状。
また通常光では分からないが、紫外線ランプを照てるとスミレ色に蛍光する箇所があり、それはアグレル石 Agrellite だという。アグレル石はキパワ川流域が原産地で、1976年、イギリスの鉱物学者 S.O.Agrellに因んで記載された。組成 NaCa2(Si4O10)F だが、2.6%までの希土類酸化物を含む。しかも希土類の中ではランタンが優越するというのが、なんだか気にかかる。

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