833.ブラソフ石 Vlasovite (カナダ産) |
カナダ、キパワ・コンプレックス産の有名標本をもう一つ。
ブラソフ石は組成 Na2Zr(Si4O11)のジルコニウムの珪酸塩。ロシアのコラ半島に発見された種で、
1961年、ロボゼロ複合岩体の研究で知られた鉱物学者
クスマ・アレクセービッチ・ヴラソフ(1905-1964)に献名された。原産地ではユージアル石を交代して粒状で産するということだが、ユージアル石(組成
Na16Ca6(Fe,Mn)3Zr3(Si3O9)(Si9O27)2(OH,Cl)4)と比べると随分シンプルな元素構成で、あたかもジルコニウム成分を選択的に濃集したかの観がある。
その後、南大西洋上の離島アセンション島に(1967年)、次いでカナダ東部のキパワ・リバーに報告された(1973年)。
キパワ・リバーは高度の褶曲を受けたアグパアイト質過アルカリ火成岩の複合岩体が分布しており、その一部(下層境界)の、大理石や珪酸カルシウム層と接するあたりにスカルン様の金属濃集域があって、ジルコニウムやトリウム、希土類元素を含む希産鉱物を生じている。ブラソフ石はその火成岩帯側でカリ長石、ユージアル石に伴って豊富に産する。ロボゼロと異なり初生的に生成したものとみられ、報告者のJ.ギッチンスら(トロント大学)は、この3種が同時に、または順次生成したとしている。画像の標本ではブラソフ石が先に斑晶として生じ、その後ユージアル石が石基として空間を埋めたように見受けられる。
ギッチンスらは、高度の変成/交代履歴を示すキパワ複合岩体において変化が見られないことから、ユージアル石は広い温度圧力環境で安定した鉱物と考えられること、人工合成が非常に難しいこと、一方ブラソフ石は容易に合成しうることを指摘している。
また彼らは、ブラソフ石の結晶周縁部に光学特性の異なる薄層を観察して、組成
CaZrSi2O7
の未知の鉱物だと考えたが、あまりに薄いため物理的・光学的特性を決定することが出来なかった。この物質はブラソフ石の生成後に、岩体の空隙を通って浸透したカルシウムに富む熱水が作用して、ブラソフ石から二次的に生じたものと推測された。
後にカナダ地質調査局の H.G.アンセルらは、この部分がギッチンスらの指摘した組成の鉱物と魚眼石 (K,Na)Ca4Si8O20(F,OH)・8H2O とが共晶的に入り混じったものであることを突き止め、前者をギッチンス石と命名した(1980年)。画像の標本も淡褐色半透明のヴラソフ石の周縁をギッチンス石(灰白色)(と魚眼石と)が取り巻いているようである。
ギッチンス石は通常、若干量の鉄、マンガン、(鉛、錫)などを含むと
Dana 8th
にある。私見だが、これらの成分はあるいはユージアル石から供給されたもので、ギッチンス石はユージアル石とヴラソフ石の接触部で両者が共に変質して生じたのかもしれないと思う。
Dana 8th にブラソフ石は 「紫外線蛍光性はないが、風化物は明るいオレンジ蛍光」とある。風化物とはギッチンス石のことか? M.ロビンズはキパワ産の標本が明るい黄〜橙色に蛍光することを指摘している。アクチベータは3価のチタンとみられる。ジルコニウムをハフニウムに置換したもの(1.7 wt%以下)も報告されている。
ブラソフ石は単斜晶系だが、アセンション島のものは 29℃以下で三斜晶系に遷移する特性があるという。ロボゼロ産とキパワ産では遷移は認められないが、温度変化によって拡散反射率に不連続なシフトが観察されるとギッチンスらの報告にある。