907.ポーリング沸石  Paulingite (チェコ産)

 

 

Paulingite

Paulingite

ポーリング沸石 −チェコ、ボヘミア、ヴィナリチャ・ホラ産

 

沸石は比較的大きな結晶構造単位(セル)を持つのが特徴で、リング状に口を開けた籠状構造の中に水分子が取り込まれ、あるいは構造を損なうことなく出てゆく。一般の鉱物のセルは数Å程度の繰り返し周期であるが、沸石類では十数Å程度のものが多い。
なかでもポーリング沸石は a=約35.1Åの巨大セルを持つ沸石として知られる。異方性の著しい鉱物には c=203.1Åの極端に細長いセルを持った McGoverniteという水酸珪酸塩があるが、容積的に最大のものは等軸晶系のポーリング沸石と考えられている。
ダイヤモンドのセルは a=3.567だから、ポーリング沸石のセル容積はほぼ千倍にあたる。常温(24℃)でも沸石水の減少が起こり、脱水が進行するとセルのサイズは容積にして約11%縮小するという (a=33.7Åに)。
玄武岩など火山岩中に二十四面体・十二面体・六面体の結晶集合をなして産し、普通は1mm以下の結晶。希産種。

北米カナディアンロッキーに端を発するコロンビア川は流長 2,000km に及ぶ大河で、下流の480km はワシントン州とオレゴン州との州境をなして流れ、海に注いでいる。サーモンの遡上する河川としても知られる。この水系は 20世紀以降、発電所やダムの開発が行われ、また輸送水路として航路整備工事が推進された。水力発電用のグランド・クーリーダムは米国ではコロラド川のフーバーダムと並ぶ有名ダムである。
ロックアイライド・ダム(発電所)付近の流路で水深増加工事が行われた時、玄武岩の転石が多量に引き揚げられたが、その空隙に輝沸石、灰十字沸石などの沸石類や方解石、黄鉄鉱などが観察された。ソーダ沸石に似た細針状の鉱物や完全な十二面体の沸石様の鉱物もあった。前者は断面が六角形で複屈折性も弱く、ソーダ沸石でないことは明かだったが、なかなか正体がつかめなかった。単結晶のX線粉末回折試験によってエリオン沸石と判断された。
後者は当初、方沸石の特殊な形状のものと考えられたが、X線試験の結果新種と判断され、1960年にポーリング沸石と命名された。カリフォルニア工業大学のライナス・カール・ポーリング博士(1901-1994)に因む。

博士はオレゴン州ポートランドの生まれ。若い頃はX線による結晶構造解析が専門で、多数の塩類・錯体について構造を明らかにし、イオン半径や原子半径を測定した。その後、量子論を化学に応用して業績を上げた。1928年の量子力学的共鳴理論が有名。1954年にノーベル化学賞を、63年には原水爆禁止運動などでノーベル平和賞を受けた。
ちなみに 1951年に博士に献名して pauligite とされた鉱物があったが、蛇紋石グループの一種とみなされ、種名としては通らなかった。

ポーリング沸石の結晶構造は1966年に明らかにされた。組成 (K,Ca,Na,Ba,☐)10(Si,Al)42O84・34H2O。カリウム優越種とカルシウム優越種とがあり、それぞれ Paulingite-K, Paulingite-Ca と標識される。こんな物質でも合成物が造られているというからびっくりする。
画像はチェコのヴィナリチャ・ホラ産。産出報告は 1988年が早いようで、90年代以降市場に出ている標本はたいていこの産地のもの。普通輝石を含む霞石を母岩とし、無色透明の灰十字沸石と共産する。ポーリング沸石は無色〜淡黄色で、その結晶を覆って灰十字沸石が成長していることもある。原産地と比べるとバリウム成分に富むという(0.5-4.1 wt%)。