906.マリコパ沸石 Maricopaite (USA産) |
マリコパ石はカルシウムと鉛の水和珪酸鉱物で、沸石に似た性質を持つ新種として1985年に記載された。1983年の終わり頃、アリゾナ州サン・シティのウィリアム・ハント氏が採集して新鉱物ではないかと考えた標本が、研究の結果正しく新種と分かり、産地の郡名に因んで名づけられたものである。
産地はトノパの西15km
のムーン・アンカー鉱山で、鉛の二次鉱物希産種の採集ポイントとして有名な所だという。ハント氏によると、方解石・蛍石の脈石が懸壁をなす場所で発見された。脈石には方鉛鉱が溶失して出来たと思しいサイコロ形の空隙が多く認められた。白鉛鉱、ミメット鉱、ダフト石、クリソコラ、ウィッケンバーグ石(灰鉛水和珪酸塩)、フォルノー石
fornacite(鉛銅水酸砒酸クロム酸塩)、 フェニコクロアイト
phoenicochroite(鉛酸化クロム酸塩) といった二次種と共産する。
不透明白色針状結晶の放射集合。絹糸光沢の結晶で軟らかくよく撓む。へき開は{010}に不完全。原標本は石英の母岩上にミメット鉱を伴い、両者はほぼ同時に晶出したとみられる。結晶サイズは普通1mm程度だった。
組成は (Pb7Ca2)(Si,Al)48O100・32H2O
と評価された。現IMAリストの式もこれに近い。赤外線スペクトルや水分の逸失、低密度といった性質はモルデン沸石と類似しており、沸石的性質を持つものと考えられた。水分が自由に出入りできるほどの大きな空隙を抱える沸石構造の形成に鉛成分が関与するのは異例のことで、記載論文は沸石に類似する性質を指摘しつつも沸石と断言することは避けている。しかし現在は沸石グループに分類されている。
アリゾナ州は砂漠気候帯にあり、街区を外れるとたちまちサボテンの花咲く西部である。昔はカウボーイがバンジョー掻き鳴らして輪になって踊った土地柄で、タクシーの運転手がカウボーイハットをかぶってチップを求めたりする。
年に一度、世界最大規模の鉱物ショー(ツーソンショー)が開かれ、世界中の標本商が仕入れのため同地を訪れる。そうした折に少し足を延ばして近隣の鉱物産地を見て回るのが仕事に目鼻をつけた彼らのお楽しみ。堀博士は
2003年に産地を訪ねられたと通販リストにあった。今は無人の採掘跡が散在し、その一つの縦坑の周辺数メートルの範囲にのみマリコパ沸石が出るという。
ちょうどサボテンが水分を蓄える独特の生体構造を発達させたように、本鉱もまた水分を保持する工夫をこらしたのかもしれない。
マリコパ石はこれまでのところ、ムーンアンカー鉱山のみで知られる希産種だが、上記の事情で日本には標本をお持ちの方が結構いるはずである。
上の画像は1995年に米国の通販商さんから購ったものだが、その少し後に、ある国内の標本商さんが2フラットほど(ダンボール箱2ケ)仕入れておられるのを見た。お話を伺った限りでは別に鉱物学的興味に惹かれてのことでなく、「家内と同じ名前の石だったから…」と仰って笑った。いわくマリコ石。パねえ。