86.岩塩   Halite   (カナダ産)

 

 

青くみえているのは不純物のせいじゃなくて、結晶構造がちょっと歪んでいるためです。

岩塩 −カナダ、サスカチュワン州ラニガン産

 

囚人友の会の名誉会長、ミス・ビアンカは、事務局長のバーナードを誘って、ささやかなお昼ご飯の席についたところでした。塩のシェーカーが空だったので、バーナードは塩入れに取りにいきました。その時、うつわの中に、塩と一緒に包装紙の切れ端が入っているのを見つけたのです。半分埋もれた紙には、チョークでこんな言葉が書かれていました。

だれか ぼくを えんこうから すくいだして ください テディー(8さい)

こうして、小さな勇士、白ネズミの貴婦人ミス・ビアンカは、はるばる1000マイルも離れた「塩坑」を訪ねて地底に下り、おそろしい監獄に囚われたテディーの救出に向かうこととなったのです。

イギリスの児童文学者マージェリー・シャープの「地底のミス・ビアンカ」(1966 ,邦訳岩波書店)は、とても面白いお話です。どう面白いかは、まあ、読んでいただくとして、この本から、ヨーロッパ(イギリス)では、塩は地底の鉱山から掘るものだということ、その寒い厳しい環境で働くのは懲役についている囚人たちだということが、子供でも知っている常識らしいと窺えます。

塩坑では、囚人たちが故郷の家を偲んで彫った、岩塩で出来た小さな(ネズミサイズの)町があったり、地底湖があったり(塩湖なのでネズミでも溺れません)、無数の鍾乳石と燐光を発する奇岩が織り成す奇妙に美しい景色が広がっています。

私は、子供の頃、「塩坑」というのがどういう意味の言葉なのかさっぱりわかりませんでした。
日本では、塩は専売公社が製造するものだったし、鉱山だって都会の子供には縁がないので、私のような読者は、他にも大勢いたことでしょう。
それとも、やっぱり私くらいかな?

 

補記:上の標本は一部が青く色づいているが、これはおそらく周辺の地層に含まれる放射線物質の影響により、岩塩中の金属ナトリウムがコロイド状になるためと見られている。日光に長時間あてておくと、結晶構造の異常が回復し、色が消えるという。消したくなければ、遮光保存が望ましい。
青色着色には別説もあり、岩塩中に混じるカリ岩塩に含まれる放射性のカリウム(K-40)の影響によって、ある閾値時間を越えた古い岩塩が着色を起こすという。加熱すると色は消滅する。

補記2:岩塩鉱床は太鼓の内海や内陸の巨大湖の水分が蒸発して、後に分厚い沈殿物の層として残ったものであることが多い。その上層を堆積岩が覆うと、鉱山は地底の岩塩を掘ることになる。岩塩はふつうの堆積岩より軽いため、脆弱な上層部を押し上げて岩塩ドーム(ダイアピル)を形成することがある。ドームの上部には石油を伴うことがある。

補記3:イギリスでは産業革命以来、工業化が推進されて、農業を主体とした地域的共同体から切り離された工業労働者層が生まれた。彼らは初期資本主義の厳しい搾取形態の下に劣悪な環境で長時間の労働に携わった。労働者の中に年端のゆかない子どもが含まれることはけして珍しいことでなかった。産業革命推進の原動力となった石炭を掘る炭坑など、鉱山で子供が働くのは普通のことで、むしろ狭い空間に入ってゆけることで重宝された(煙突掃除も然り)。そういう時代背景または国の伝統の下に上掲の本を読むと、また違った景色が見えてくる。
イギリスのある地方に「鉱夫の娘」という民謡がある。
「私の名前はポリー・パーカー。ワースレイからやってきた。母と父は炭坑で働く。家族が大勢いて、子供は7人。だから私も同じ炭坑で働いている。これは私の運命。可哀そうに、とあなたは言うでしょう。まだ小さいのにそんな仕事をさせられるなんて、と。でも私は元気を出して歌を歌い、気持ちを朗らかにする。私はしがない鉱夫の娘だけれど。」

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