113.キュマンジュ石とボレオ石 Cumengeite  (メキシコ産)

 

 

スター・バースト・クリスタル、と人は呼びます。

(上)キュマンジュ石 貫入双晶、(下)ボレオ石
−メキシコ、アメリア鉱山産

 

メキシコのサンタ・ロザリアにあるボレオは、前世紀の終わり頃フランス人が開発した変哲もない鉱山町で、主に銅を掘り出していた。その後、経営者が転々と変わるうちに鉱脈が尽き、すでに30年以上も前に閉山されてしまった。古い鉱山町は、かつての巨大な施設がそのまま放置され、独特の鄙びた情景を醸すことが多い。ここも今は、祭りのあと、といった風情の貧しい土地になっているという。

しかし、鉱山からインジゴ・ブルーの美しい結晶をなす、ボレオ石、キュマンジュ石、擬ボレオ石の3兄弟を輩出したことで、ボレオの名は、鉱物愛好家の間で不朽不滅の地位を得た。

ボレオ石は、銅、鉛、銀を含み水酸基を持つ、珍しいハロゲン(塩素)鉱物で、サイコロ形の結晶を作ることが多い。一見、単結晶に見えるが、実は、たいてい3連貫入双晶しており、能ある鷹は爪を隠すみたいな存在である。ときに偽8面体、偽斜12面体の結晶形を示すこともある。月光保管庫さんに格好のサンプルが載っている。さらに、偽8面体の結晶には、キュマンジュ石(ボレオ石の成分から銀を抜いた感じ)の結晶が発達するし、サイコロ形のボレオ石の各面には、擬ボレオ石(こちらも銀成分抜き)の短い四角柱状結晶が突き出たりする。結晶が成長する途中で銀が足りなくなったので、適当に辻褄を合わせたという感じがしないでもないが、ともかく、なかなか凝った作りの兄弟たちである。

町はずれの深い谷間にある捨てられた鉱山には、いまもぽっかり暗い坑道が口を開けている。傾斜30度の急斜面を200メートルも山の根へ向かっておりてゆくと、ぼろぼろの白い粘土の層にゆきあたる。3兄弟が発見されたのは、この周囲5メートルほどのごく限られた範囲で、まだいくらか取り残しがあるようだ。ただ、坑道を支える支柱も天板も閉山前のもので、いつ崩れることやらわからない。乾燥した土地だから、腐ってはいないそうだが、小さい結晶なら谷の斜面に広がるズリで拾うことができるので、命を賭けてまで潜る必要はないだろう。

写真のキュマンジュ石は、数年前にズリで拾われたもののひとつ。数ミリ程度の大きさながら、角錐形の結晶が6方に突き出ており、3連双晶といわれている。しかし、生成の複雑な鉱物なので、中心部は実はボレオ石ということも十分考えられる。

補記:エドワード・ロイ・スウォボダ(1917-2013)といえば、ビバリーヒルズに住んだ米国屈指の採集家で、宝石・特級鉱物標本商として世界各地で赫赫たる戦果を上げた伝説の人物である。カリフォルニアにいた 1972年にはトルマリン・クイーン鉱山から「ブルーキャップ」のリチア電気石を発見したが、翌73年にメキシコに移り、3年間にわたってアメリア鉱山でボレオ石やキュマンジェ石の標本を採集したという。

追記:待てば甘露の日和というけれど、この古い鉱山から標本を採取するプロジェクトが立ち上がって、重機で土地を掘り起し、多数のボレオ石-キュマンジェ石標本(しかも母岩付)が確保されたらしく、2018-2019年にかけて標本が出回っている。アタカマ石や硫酸鉛鉱を伴う、かつて見ないタイプもあり、探しておられた方には千載一遇のチャンスがきたようだ。 (2019.3.29)

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