127.閃亜鉛鉱 Sphalerite (ブルガリア産) |
アレクサンドルポリスの北西100キロ。ギリシャとの国境線を10キロほどブルガリア側へ越えた山中に、鉛と亜鉛の巨大な鉱脈が横たわっている。マダン鉱床である。
非常に古い時代から知られた鉱山地帯で、BC5〜6世紀には、すでにトラキア人の一部族が鉱石を掘り出していた。ある廃坑からは、エーゲ海域で使用された古代ギリシャの貨幣が見つかっている。ローマ帝国時代には現地のトラキア人やエジプト人奴隷を使って、中世期にはブリガリア王国の手で、14世紀以降はオスマン・トルコの主導で採掘が行われた。この土地がマダンと呼ばれるようになったのは、トルコ時代からである。アラビア語で、鉱石または鉱山の意味だ。以後もさまざまな国の支配下におかれ、その都度最新の技術を得て、新たに鉱山が開かれていった。開発は今も続いている。時折、素晴らしい標本が鉱物市場まで届く。
写真は、少しわかりにくいが、水晶、方鉛鉱、黄銅鉱を伴う、閃亜鉛鉱の標本である。栄太郎本舗の抹茶飴のような深いオリーブ色の結晶で、強い光にあてると半透明に透けてみえる。
マダンの閃亜鉛鉱には、3つの世代が存在するという。第一世代はやや大きめの四面体結晶で、暗茶色〜黒色。第二世代は、その上に出来た灰茶色の擬八面体で、ちょっと小さめ。第三世代は、さらにその上にのった、黄色〜黄緑色〜緑色を帯びた中くらいの十二面体。半透明で光沢が強い。世代を追うごとに結晶形が複雑になる一方、色が薄まって透明化するところが面白い。
これは生成温度が次第に下がることと、鉄の含有率が低くなることに関係しているらしい。第一世代は、高温(285℃〜350℃)で晶出し、3〜10%の鉄を含んでいる。第三世代は、低温(144℃〜233℃)で結晶、鉄分は0.8%以下だ。コバルトが0.01%程度含まれると緑色を帯び、0.03%になると黄色味を帯びるという。
半透明の「べっこう亜鉛」は、なかなか微妙な兼ね合いの産物なのだと分かる。美しく粋な結晶を生み出すには、3代かかるという、江戸ッ子の法則がここに生きている。
余談だが、No.88のストラシミライトは、マダンのストラシミール鉱山が原産地。
追記:ブルガリアや産地マダーンの鉱物標本事情については、堀秀道「宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか」に素敵なエッセイ「ブルガリア」が載っている。(2006.12.25)