163.スペクトロライト   Spectrolite  (フィンランド産)

 

 

ラブラドライト−フィンランド、ユレマー産

 

地元の人びとが、Spektrolite スペクトロライト(分光石)と呼ぶ、ラブラドル長石の一種。
通常のラブラドル長石と比べて母色がより暗く、モルフォ蝶様の青いフラッシュに一層の冴えがある。ブラックオパールもそうだが、暗い地から立ち上がる閃光は、妖しく美しい。

ラブラドル長石は、ナトリウムを主成分とする曹長石と、カルシウムを主成分とする灰長石との間に存在する中間種のひとつ。マイクロスケールでは、曹長石よりの層と灰長石よりの層とに分離して、この2種がほぼ層状に積み重なっているらしい。ラブラドル長石の領域(組成比率)では、一枚の層が可視光線の波長程度まで厚くなり、そのためへき開面で光の干渉が起こって、特有のスペクトルを反射する(干渉の起こる角度から見たときだけ、輝いて見える)。 cf. No.430 正長石 (長石類の離溶現象)、No.432 ラブラドライト(斜長石の分類)

産地のユレマーはロシアとの国境近くにあるフィンランド人の部落で、スペクトロライトは二次大戦中、ソビエト軍の侵攻を阻止するために作られたサルパ線と呼ばれる防衛ラインから発見された。
このあたりはラブラドル長石からなる深成岩が分布する土地で、細かいラブラドル長石の中に数センチ大の結晶が島のように浮かんでいるのが特徴(写真の通り)。この部分は周りの長石よりも、かなり長い時間をかけてゆっくり成長したもので、より整然とした層状構造を持つ。ユレマーのスペクトロライトが、他産地のものより輝きが強いとされる所以だ。

補記:黒い地色は、基岩であるホーンブレンドや黒雲母の極微小粒を含むため。

補記2:アールネ・ライタカリ(1890-1975)はフィンランド地質局長を務めた地質学者で、フィンランド南東部各地に深成岩をなすラブラドル長石の岩床があることを早くから信じて調査していた。この種の美しい閃光を放つ長石は 1781年にロシアのサンクトペテルブルク付近から報告があり、またフィンランドのヘイノラ - マンティハリュの大陸氷河地帯にも見出されていた。そうして 1924年にフィンランド湾岸でロシア産のラブラドライトに似た巨大なボウルダー(転石)が見つかった時、サンクトペテルブルクとのこの地点とを結ぶ直線を北西に延ばすと、前記の氷河地帯に行き着くことを確認した。アールネはラブラドライトが緩んだ氷河に載って湾岸地域まで運ばれたと推測し、その初生鉱床を求めてさらに調査を続けた。しかし、少量の転石が見つかるばかりで露頭を発見出来ないまま時が過ぎた。
1940年、アールネは軍役についている息子のペッカ(1920-1941)から小包を受け取った。中には暗色の地から強い彩光を返す石が入っていた。
それはロシア軍の侵攻に備えてフィンランド軍が建設していたサルパ線の要塞化作業にあたって、ペッカの部隊がユレマーのテヴァライネン村近くで偶然見出したもので、ペッカは父親がこの石を探していることをよく知っていたのだ。要塞工事はその後、固い岩体に突き当たって中止され、廃棄された建造物の残骸に今もスペクトロライトを見ることが出来るという。ペッカは翌年の戦闘で命を落とした。
アールネは戦後この美しい石を貴石細工に用いる可能性を追及して宣伝活動に努めたといい、フィンランドの宝石商ウォルター・ミッコラが提案したスペクトロリティ(スペクトロライト)の名を広く世に知らしめた。
1950年代から商業採掘が始まり、1973年にはユレマに最初の研磨作業所が設けられた。今日、ライタカリ父子による発見譚はスペクトロライトの由来を語る重要なエピソードとして扱われている。(2024.8.11)

鉱物たちの庭 ホームへ