430.正長石 Orthoclase (マダガスカル産ほか)

 

 

orthoclase

正長石 −マダガスカル、Betroka産

オルソクレース 右巻きと左巻き(?)のカルルスバット式双晶 
-チェコ、ボヘミア、カルルスバッド産

 

正長石(オルソクレース)は長石族のなかでもカリウム成分に富んだカリ長石のひとつの形態で、マグマが分化してゆく過程では比較的後期になって晶出する鉱物である(補記1)。長石族の分類は、私には未だよく分からないことの一つなのだが、カリ長石は結晶構造の秩序の程度によって、 Sanidine(サニジン・ハリ長石)、Orthoclase(オルソクレース)、Microcline(微斜長石)に区分することが出来、正長石は特に花崗岩ペグマタイトに産するカリ長石を慣例的に呼ぶものだったそうだ。また高温型サニジン、低温型サニジンといった区別もなされる。(※補記5)

正長石は花崗岩中に斜長石(曹長石灰長石)とともに普通に含まれているが、このような産状は、ほぼ同時に生成したであろう両者(と石英と黒雲母と)の間に、中間的な組成を持つ鉱物がその条件下では存在しない、つまり別種の鉱物だということを意味している。

正長石(KAiSi3O8)はカリウムを含むアルミノ珪酸塩であり、斜長石はカルシウムを含むAnorthite 灰長石(CaAl2Si2O8) とナトリウムを含む Albite 曹長石(NaAlSi3O8) との間の一連の固溶体であるが、 正長石と灰長石(〜曹長石との中間種)との間には、どんな条件下でも固溶体が実現しない組成領域が横たわっている。
正長石と曹長石との間では、700度以上の高温で(構造がやや緩くなるため)中間的な組成がありうるが(補記2)、温度が下がると構造を維持出来なくなり、カリウムを多く含む部分とナトリウムを多く含む部分とに固体状態のまま分かれてしまう。この現象を離溶という。
その傾向は温度が下がるにつれて進行し、常温下では端成分に近い正長石と曹長石との層に分離される。ただ、これらはほとんど同じ空間構造を持っているため、特定の結晶面を境界として互いに接し合って破綻しない。そこで、実際には二つの鉱物が交互に積層した状態であるのに、見た目はあたかもひとつの鉱物であるかのようにみえる(パーサイト⇒補記3)

まとめると、カリ長石と斜長石(グループ)とはふつう別種の鉱物として別々に晶出するが、斜長石のなかでもカルシウムに乏しい曹長石は、条件によってはいったんカリ長石との固溶体として晶出した後で、両者が分離・混在した状態に変化する場合もあるということだ。(急冷された火山岩等では、熱的に非平衡状態のまま固溶体として留まる場合もある。)

いま、その視点で No.216 岐阜産の標本を眺めてみよう。先に晶出したと思しい正長石の結晶の上に曹長石と水晶とが遅れて晶出したような産状をみせている。しかし実際には、正長石の部分はおそらくカリウムとナトリウムとがマグマの中に共存していた環境で生じたもので、詳しくみると正長石と曹長石とがパーサイト(またはクリプトパーサイト)として混在しているだろう。その結晶面上にある曹長石は、カリウム成分が乏しくなってから(また温度も下がってから)、残ったナトリウムとアルミノ珪酸とを主成分にして晶出したものだろうとみることが出来よう。

さてカリ長石(KAiSi3O8)の分類に話を進める。
長石は石英(SiO)と同じように珪素イオンの周りに4つの酸素イオンが結合して3次元的な網目構造を形作っている。ただし石英と違って、4コに1コの割合で珪素がアルミニウムに置き換わっている。
このときアルミニウムイオンは珪素イオンよりもプラス電荷がひとつ少ないので、なんらかの形で不足した電荷を補わなければ構造として成立しない。そこで珪酸構造の合間にカリウムイオンを取り込んでバランスしたものがカリ長石であり、ナトリウムイオンが加わったものが曹長石であり、2価のカルシウムイオンに拠ったものが灰長石であるといえる。ただし灰長石では4コに2コの割合で珪素がアルミニウムに置き換わり電荷が補償されている。

ここで置き換わったアルミニウムイオン1コと残り3コの珪素イオンとの位置関係に注目すると、これらは、左図のように4コの球がカゴ形に連なったようなものと便宜的に考えることが出来る。カリ長石はそのカゴにカリウムイオンがひとつ入った配置になっている。
図に示す2つのT1と2つのT2はそれぞれ構造的にほぼ等価である。高温下で比較的短時間にカリ長石が晶出するときT1とT2には区別がなく、アルミニウムイオンはどの位置にも一定の割合で入ってくる。こうして生じるのがサニジン(高温型)である。それよりやや低い温度でより長い時間をかけて結晶が形成されるとき、アルミニウムイオンはT2に入らず、T1のどちらか2つの位置を選択的に置換する。これがオルソクレース(正長石)であり、サニジンよりも秩序の高い結晶構造をもっている。オルソクレース中のT1(m)に入ったアルミニウムイオンはさらに長い時間のうちに固体状態のままT1(0)の位置に移ってゆき、より秩序の高い状態が実現する。これが微斜長石の構造である。
そこで正長石は、いずれ完全に微斜長石に変化してゆくだろう変化の途上にあるということが出来る。
サニジンと正長石の結晶構造は単斜晶系に属するが、微斜長石では三斜晶系に変わる。
カリ長石はもっと低温の熱水から生成することも珍しくないが、この時に出来るのは低温型のサニジンかオルソクレース(正長石)であって、いきなり微斜長石が現れることはない。微斜長石の形成にはどんな条件下であっても非常に長い時間が必要であり、実験室的に合成することは出来ないといわれている。

正長石とは、ざっとこんなようなものだ(←曖昧ですが)。ちなみにオルソクレースには低温で晶出するため、その構造が熱的な平衡状態から大きくはずれた亜種があり、氷長石と呼ばれている。

上の標本。透明度の高い正長石結晶。上述のように正長石がパーサイト(またはクリプトパーサイト)として曹長石との互層構造を形成すると、層境界での光学的現象(反射・散乱)が繰り返されて透明度が落ちるはずである。逆にこれほど透明度が高いということは、おそらくこの産地の正長石はかなり純度の高いカリ長石なのだろう。宝石質の正長石はわりと珍しいものだ。淡いレモン色は3価の鉄イオンがアルミニウムを部分的に置換することに拠るという。ちなみにドイツのアイフェル地方には宝石質のサニジンが出る。
マダガスカル産の黄色透明の正長石をカットして宝石としたものは、ノーブル・オルソクレース(貴正長石)と呼ばれる。ペグマタイト性。さほど流通しているわけでなく、ターゲットはマニアックなコレクターである。

下の標本。C軸を双晶軸にしたカルルスバット式と呼ばれる貫入双晶。空間的に2つの対照的な配置が可能である。左側の標本をどんな風にひねり回しても、右側の標本と同じ配置に持ってくることは出来ない。構造的にどちらの配置が優位ということはなく、多数の標本を数え上げれば、両者の存在確率はおそらく50:50に近づくだろうと言われている。
長石は対称面や対称軸をはさんでさまざまな形式の双晶があり、カルルスバット式でもあたかも単結晶のように見える接合双晶がある。このほかバベノ式だのマネバッハ式だの、それも3連、4連双晶だのがあって、素人は曖昧に微笑んでみせるよりない。

(原色鉱物岩石検索図鑑(旧版)より −カルルスバート式、バベノ式、マネバハ式は
全長石族に共通。曹長石式、ペリクリン式は三斜晶系に特有で常に相伴って細かい集片双晶をなす。)


参考:No.195 正長石後のトパーズ   No.431 氷長石   No.432 (長石類の分類・区分)

追記:カルルスバット式の双晶をした正長石は、日本では屋久島産が有名。日本産として最大サイズで、5-10cmのものが多いという。「日本の鉱物」(1994)に益富標本が紹介されている。産地は標高2,000m近い山中にあり、アクセスには本格的な山登りを要する。「鉱物採集の旅 九州南部編」は、途中山小屋泊りの2日間コースを紹介している。

補記1:マグマが分化してゆく過程で、長石の中ではカルシウムを含む灰長石の側が早く晶出し、その後でナトリウムやカリウムを含む長石が晶出する傾向がある。ちなみに長石(フェルドスパー)の名は、スウェーデン語の feldt(Falt)(野や畑地)と spat (へき開面が輝く石)が語源で、この国の花崗岩上の風化土壌の耕地に長石が輝いて見えたことによるという。ドイツ語のFeldspat を経て、英語のfeldspar が出た。オルソクレースの名は Ortho (直交する)と clase (へき開・割れ目)からきており、へき開が直交することを示している。へき開の角度(α角とγ角)が90度からわずかにずれているのが、微斜長石。
長石類の名の由来は No.204 追記参照。サニジンは別名ガラス・スパー、アイス・スパーとも言い、ガラスのような高い透明度が特徴とされた。和名は玻璃長石。アデュラリア:氷長石も透明だが、結晶形状に特徴がある。
補記2:Anorthoclaseアノーソクレースは、700度以上の高温でのみ安定な領域のカリ長石と曹長石との中間物。(冷却速度の早い火山岩に見られ、サニジン−アノーソクレース系列をなす。)
補記3:二つ以上の鉱物が結晶構造を共有して存在しており、それが肉眼やルーペ等で識別出来るものをパーサイト、電子顕微鏡レベルで初めて識別出来るような微細構造になっているものをクリプトパーサイトと呼ぶ。
補記4:この項を書いていて、青金石の結晶では、Lazurite やHauyne や Nosean 等の間に離溶が生じていないだろうかと疑問に思った。⇒No.250 青金石

補記5:「鉱物・宝石の科学事典」(日本鉱物科学会 2019)の説明では、
◆カリ長石を、@高温型サニディン(単斜晶系)、A低温型サニディン(単斜晶系)、B正長石(偽単斜晶系)、C中間微斜長石 intermediate microcline (三斜晶系)、D低温型微斜長石/最大微斜長石(三斜晶系)に5区分している。
◆ナトリウム長石(ソーダ長石)は、@モナルバイト monalbite (単斜晶系/ 1000℃以上で安定)、Aアナルバイト analbite (漸移型T)、B高温型曹長石 (漸移型U)、C中間曹長石(三斜晶系)、D低温型曹長石(三斜晶系/ 600℃以下で安定)に5区分している。
また、光学的な区分によってこれらの間に次の系列を示している。
@高温型サニディン〜高温型曹長石、Aサニディン〜アノーソクレース、B正長石〜低温型曹長石、C微斜長石〜低温型曹長石。

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