187.レッドベリル Red Beryl  (USA産)

 

 

レッドベリル−USA、ユタ州ビーバー郡ワーワー山地産

 

メイナード・ビクスビーがユタ州トーマスレンジで見つけた、もうひとつの珍しい石は、ルビーのような色の緑柱石だった。1900年代の始め頃であろう(多分1904年)。彼は、その結晶形からベリルの一種と直観したそうだが、当時こんな色のベリルは世界のどこにも存在していなかったのだから、実に優れた鑑定眼であった。
その後、数点のサンプルがワシントンDCのヒルブラント博士の許で分析され、正式にベリルの一種として発表された。1912年、ドイツ人の鉱物学者エップラー博士は、この石をBixbite(ビクスバイト)と名づけた。が、Bixbyite(ビクスビ鉱)とあまりに紛らわしいので、そう呼ぶ人はほとんどいない。 せめてメイナード石くらいにしておくべきだった。現在はレッドベリルの名が主流。

赤いベリルは、その後、いくつかの産地で発見されているが、珍しさは依然揺るがない。写真の標本は、ユタ州ワーワー山地のヴァイオレット鉱区産。やはり流紋岩中の気成脈に晶出している。ここは1958年に発見されて以来、細々と手掘り採集が続けられてきた。ジェムクラスはもとより、標本レベルのものでもかなり高価で高嶺の花だったが、数年前から急に値段が下がってきた。しかも、それまでごく小さな結晶しか出回らなかったのが、(色の美しさはともかく)、比較的大きな結晶が出てきた。実は、その頃某大手鉱山会社が採掘権を手に入れ、宝石用原石として大規模な機械採掘が始まっていたのである。以来、「赤いエメラルド」の名で宣伝されているが、鉱物標本の需要は、宝石と比べれば、ハチドリの涙みたいなものだから、あっという間に供給がダブついてしまったのだろう。めでたしめでたし。

追記:2002年秋の時点で、鉱山は休止してしまった。思うほど捌けなかった(多分に日本向け)ようだ。

追記2:産地はワーワー山地の東面の山腹で、ミルフォードから西南西に約50km 。1958年にレイマー・ホッジズが発見した。1973年からウェイン・トンプソンらが採掘権を貸与され、多数の良標本を世に出した。ヴァイオレット鉱区は当時の呼び名。1976年にハリス兄弟が譲渡を受け、ハリス鉱山と改名された。1994年から大手企業が鉱山を所有、商業規模の販売を企てるが、2001年にハリス一族の手に戻って、以来小規模な稼働が続いている。宝石質のレッドベリル産地は事実上世界で唯一のもの。稀に数センチサイズの美麗標本が出るが、お値段は当然コノワシュア・クラス。ジョン・バローの標本カタログ(1996)に数点の逸品が誇らしげな記述と共に紹介されている。トロフィー標本ですね。(2020.5.5)

追記3:エメラルド/スマラグドスは古来緑色の宝石に与えられた名前で、それは地球の緑の丘の色であり、涼やかな風の吹くノヴァスコシアの草原の色である。
松本零士という漫画家と「クイーンエメラルダス」という作品の名を聞いたことがない日本人はいないだろうが、彼は子供の頃、エメラルドを真紅の宝石と信じて、エメラルドの名の響きに「鮮血の輝く紅い石」を思い浮かべていた。そして大人になってからもそのイメージは彼の中に生き続けて、永遠に宇宙を旅し続ける情熱と冷血の化身、エメラルダスが描かれたのだった。彼は書いている。「宇宙の何処かには、真紅のエメラルドだってきっとある!!  無ければトチローが造ってくれるさ!!」と。
そうだ。赤いエメラルドはある。宇宙といわず、地球の新大陸と呼ばれた土地の、フロンティアだったユタ州に。見渡すかぎり荒涼とした岩砂漠に緑の草原はなく、やさしい風もない。その代わり真紅の旗を掲げるエメラルダスの宝石があるのだ。
エメラルダスは「ほんとうに勇気のある信念をもった男にはやさしい女」だそうだ。だがほんとうの勇気とはいったい何のことであろうか。

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