207.重晶石 Baryte/Barite (USA産) |
花弁状の結晶標本でよく見かけるものといえば、重晶石と石膏とだろう。砂漠地帯(や乾燥地帯)に産し、よく「砂漠のバラ/デザート・ローズ」という名前で売られている。干上がりかけた湖水のミネラル成分が(湖畔や地中に)晶出したものだが、花弁状となる理由は未だによく分かっていない。上の標本もその一種で、オクラホマ州では「バライト・ローズ(ローゼズ)」、「ローズ・ロック」、「バライト-サンド・ロゼッタ」の名でも知られ、州の石に制定されている。ヘマタイトを含んで赤茶色に染まった砂岩の風化土壌中に出て、重晶石と石英(砂)とが半々くらいの割合で構成されている。ヘマタイト成分はかなり少ない(なので土壌ほど赤くない)。また土壌に多く含まれる粘土鉱物も、このバラにはほとんど含まれていない。重晶石が結晶するとき、石英以外の成分を排除するもののようである。
地元ではそれこそ芋の子を洗う感じで埋まっており、一箱に20ケほど詰めたものが数ドルで売られている。ほとんど商売にならないようだが(わざわざ掘って売ろうとする人も少ない)、日本に来ると1ケで数箱買える値段になってしまう。流通コストは侮れない。
オクラホマには「涙の道」(我らが声を上げて泣いた道)という史実がある。1838年に、東部地方(ジョージア)に住んでいた原住のチェロキー族15,000人が、合衆国の決めた土地交換条約によって西部(オクラホマ)の居留地へ強制移動させられた出来事である。1,600キロに及ぶ冬の旅の途次、老若 4,000人が亡くなった。チェロキーの男は血を流し、女は涙を流し、それが地に滴って花となったものがバライト・ローズである。というのはもちろん、後に白人が商売のために加えたアレンジであるが、彼らが通った苦難の道々に白いバラが咲き、これがチェロキーローズ(ナニワイバラ)と呼ばれるようになった、という伝説が下地となっている。人々は出来事を忘れないために、このバラを運命の印とした。白い花びらは女たちの涙を、7枚の小葉はチェロキーの7部族を示す。そして花の中心の黄色いシベは彼らが追い出される原因となった(ジョージアで発見された)金である、と。徒歩でゆく旅の間、人々はチェロキー語に訳された「アメイジング・グレイス」を歌って気持ちを慰めた。…世界がすべて終りを迎えるとき、その人(イエス・キリスト)はやってくるだろう この大地のどこにいても、人々はそのお姿を見ることになろう…と。
補記:チェロキーローズはジョージア州花に制定されている。
「太陽の光は、あたたかく、やわらかで、ジョージアの春の栄光が目の前にひろがっていた。道にそって黒いちごのしげみがつらなり、…赤い土から突き出たあらわな花崗岩の転石は、からみつくチェロキーばらにかざられ、そのまわりには薄紫色の野生のすみれが咲いていた。」(風と共に去りぬ
1-143 大久康雄/竹内道之助訳)
補記2:益富寿之助「昭和雲根志」(1967)の三項に「砂漠のバラ」としてオクラホマ産の標本が紹介されている。「バラの花形をしたアメリカの奇石である。奇石が世界のどこにでもあることがこのことでわかる。」と述べられている。とはいえ珍奇であるから奇石なので、実際にはどこにでも(日本にも)あるわけではない。