208.石膏(緑色) Selenite (オーストラリア産) |
石膏(Gypsum)の産状には、1)結晶、2)繊維状、3)塊状の3つがあり、1)のなかでも特に無色透明のものを透石膏(セレナイト:Selenitte)と呼ぶ。ギリシャ語の月(Selenites)または月の女神セレーネ(Selene)に因み、鉱物学では 18世紀に現れる名称だが(cf. No.882 透石膏)、古代ローマにセレニテスと呼ばれた宝石との連想があったと思われる。セレニテスはその輝きが月の満ち欠けにつれて移ろうと言われ、 月長石もまたこの伝説を継ぐ宝石である。
写真の標本は、淡緑色に色づいた石膏。楚々とした美しさを漂わせ、語源的に正しくないかもしれないが、私としては、あえてセレナイトと呼びたい気がする。「わが月は緑」なりき。
セレーネは、恋人のエンデュミオンといつまでも一緒にいたいと願い、彼に不老不死の力を授けた。ためにエンデュミオンは、ラトモス山の洞窟でひたすら眠り続ける存在となり、再びセレーネを腕に抱くことはなかった。人にとって生と死は不可分であり、変化こそ命の美しさなのだ。
けれども、鉱物となれば話は別。この蒼ざめたセレナイトは、永劫不壊の美を宿して、夜毎我らを誘惑するかのよう。
余談だが、月探査セレーネ計画に、月はエンデュミオンを演じるのだろうか?
cf. No.882 透石膏
追記:大陸の乾燥気候帯にある水深の浅い湿地〜湖の周囲には、急速な水分の蒸発によって白い塩類の堆積床が生じていることがしばしばある。この種の塩湖・干湖をプラヤという(もとはスペイン語で砂浜の意)。オーストラリアにはプラヤ・レイク(出口のない湖)やラグーン(出口のある湖、潟湖、沼、礁湖を指す)が各地にあり、短い歳月の間に石膏などの塩類が次々と晶出してくる。
産地は枚挙に暇がないが、時折、淡緑色〜緑色をした風変りな石膏標本がある。銅鉱山付近に特有のもので、水溶性の銅塩が取り込まれて色づいたとみられる。
SA州ガンソン山地には 19世紀後半に発見された銅鉱床があり、表泥をほんの数センチ剥ぐと、硫化鉱(灰色)や炭酸塩(緑色)の鉱層が現れる。ウェスト・ラグーン(パーナティ・ラグーン)と呼ばれる塩湖の岸辺は、この鉱床を掘る露天掘り坑から わずか 50mほどにあり、オーストラリア・SA州産と標識された緑色系石膏標本は、たいていここから出たものと言われる。1990年代中頃からの人気商品。(2020.5.10)