229.オーシャン・ジャスパー Ocean Jasper(マダガスカル産) |
鮮やかな目玉模様の美石がマダガスカル島に出ている。この種の石は 50年も前に一度きり見つかった記録があるが、以後産地が知れず、幻の存在とされていた。北西部のサンゴ礁海岸で、遠浅の時だけ海面に顔を覗かせる露頭が発見され、思いがけない採集ブームが出来したのはつい最近(1998年頃?)のことだ。オーシャン・ジャスパーの名はその由縁であり、別名アイ・ジャスパーとも称される。さまざまな色合い、風合いのものがあって、いつまで見ていて飽きがこない。晶洞に浸入した珪酸ジェルが固化する時、溶液中に浮遊する流紋岩や緑泥石の小球を取り込んだため、こんな不思議な模様が生まれたのだという(※金属の粒を核に球状の玉髄が成長したともいわれる)。
目玉模様のマテリアルに、人類は昔から特別の感慨を抱いてきた。同心円状の縞目を持つめのうは、アイ・アゲート(天眼石)と呼ばれ、神像や偶像の目に嵌められて、神通力を持つものとみなされた。邪眼除けの護符でもあった。邪眼は最初の一瞥に禍をもたらす力があり、キラキラ光る宝石や目玉模様の石には、その一瞥を逸らす効果があると信じられたのだ。
古代メソポタミアやエジプトの宗教観では、目玉は太陽のアナロジーだった。古代シュメール人の楔形文字の太陽を表す絵文字は眼であり、エジプト人の崇拝した太陽神は「ホルスの眼」として描かれた。太陽の眼は明るく輝き天空より地上のすべての出来事を見ている。その輝き、闇を散らす光、真昼の特性の前に、あらゆる禍、凶事、不運は焼き滅ぼされ、退散させられる。王の顔を(目を)見るとその眩しさに目がつぶれるとする太陽=王を同一視する崇拝は、もちろん為政者の都合で作られた制度であるが、(眩しい)目と太陽との相似観念の上に成り立っている。
シリアの古代都市アレッポでは「アレッポの石」と呼ばれるアイ・アゲートが知られている。これは現地の風土病で、めのうの円目に似た感染性のおできの治療に卓効があったらしい。
さて、アイ・ジャスパーにはどんな効用が?
cf. No.230
追記:オーシャン・ジャスパーは商業的な呼び名で、学術的な報文には「球顆状カルセドニー(spherulitic or orbicular chalcedony)」の語が用いられている。ジャスパーとカルセドニーの(用語の)区分はしばしば不明瞭だが、一般にカルセドニー(やアゲート)は半透明のもので、ジャスパーは不透明とされている。透明度は酸化鉄や緑泥石など不純物混入の多寡によって左右され、20%以上混入すると不透明になると言われる。オーシャン・ジャスパーは不透明なものが多いが、透明感のあるもの(あるいは部分)もあり、まあ一口ではいえない味わいがある。球顆部分の薄片を偏光顕微鏡で観察すると、球の中心を核として放射繊維状の花弁のようなパターンが見える。
オーシャン・ジャスパー(Ocean Jasper または Orbicular Jasper)は、2000年のツーソンショーで市場に出た。露頭が発見されたのは、その 2,3年前で、2度にわたる系統的な探査活動の末、ようやく海べリの 50x 30mほどのエリアで産出が確認された。ショーデビューまでに、およそ 20トンの石が採掘されたという。 2006年には採り尽くされたとのニュースがあった。
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ツーソンショーに最初に「オーシャン・ジャスパー」を持ち込んだお店筋の情報を追記。
マダガスカル島の鉱産物に関する報告は、20世紀に入ってフランスのアルフレド・ラクロワが「マダガスカルの鉱物学」(1922)を出版したのが嚆矢である。この地域でカルセドニー産地が記されているが、球顆状かどうかは言及がない。
一方、1927年にカバンビー産と標識された「アイ・ジャスパー」が記録されており、少なくともこの産地は一度は人の手が入り、その後忘れられてしまったと思われる。
1977年にフランスの鉱物事典にカバンバ産(と誤記された)の標本が載ったが、当時、島ではアイ・ジャスパーの産出は知られていなかった。(cf.
追記2)
20世紀末、パウル・オベニッシュという人がある探鉱者から、島の北西部で採れたといういくつかのサンプルを見せられた。彼は産地の捜索にかかり、1999年10月、マロヴァト村の海岸沿いで干潮時に現れる鉱脈を発見した。百科事典に載っている緑・黄色系のジャスパーとはまったく違った趣きのカラフルなジャスパー/カルセドニーが得られた。その後、海から 1マイルほど内陸に入ったカバンビー村付近に緑・黄色系のアイ・ジャスパーが発見された。いずれもマダカスカル島北西部のソフィア地方(旧マハジャンガ県)アナララヴァ地域にあり、両者は 10マイルほど離れている。
マロヴァト産は、さまざまな色の球顆を含む半透明・晶脈状のものが多く、カバンビー産は深緑や黄土色を主調とする不透明なもので、球顆が連続的に接触して幾何学的パターンを描く特徴がある。ちなみにマロヴァトはマダガスカル語で「沢山の石」の意。
マロヴァトで最初に発見された鉱脈は 30x8mほどの大きさで、1999年から2006年にかけて採掘された。緑、ピンク、白色のものが多く、球顆の明瞭度は幾分乏しい。次いで発見された第二の鉱脈は
10x5mほどの大きさで、初坑より小規模。2005-2006年にかけて採掘された。色のバリエーションが多く、赤や黄色系のものが多い。「雄牛の目玉」(ブルズ・アイ)と呼ばれる明瞭な球顆を示すものがある。
この 2ケ所は 2006年に採掘が終り、そのため海際のオーシャン・ジャスパーは採り尽くされたとの噂が流れた。2005年までに約
100トンの原石が採集された。かなり多量といえるが、低品質のものも多かった。
その後、2013年に海岸から 100mほどの地点に鉱脈が発見されたが、3x2m程度の小規模なもので、半年で採り尽くした。翌年、内陸へ1.5マイル入った土地で第四の鉱脈が発見されたが、3ケ月で枯渇。第二坑産に似た、球顆のはっきりしたものが出た。その後の情報は未だないが、新たな鉱脈の探索は続いているようである。
一方、カバンビーでは 2002年から採掘が始まり、長く産出が続いている(少なくとも2010年代半ばまで)。15マイルにわたる広い範囲で露天掘りされているそうだ。濃緑〜黄土色が主調で、時にピンクや赤、クリーム色を交える。ここでは球顆を含まない層状模様の石も出て、オーシャン・ウェーブ・ジャスパーと呼ばれている。(2020.5.15)
追記2:バルトルシャイテスの「アベラシオン −形態の伝説をめぐる四つのエッセー」(1957年)の口絵に、マダガスカル産の環状瑪瑙のカラー写真が載っている。書中のエッセー「絵のある石」にいわく、「ある碧玉にうかびでた円たち、金色のドロップたちは、聖遺物匣の七宝のような金褐色の石の表面にちらばり、勝手気ままに群れをなしている」(巌谷國士訳)。
写真を見る限りでは黄色〜黄土色〜茶色を主調とする不透明のもので、カバンビー産に酷似している。20世紀前半に採集されたジャスパーはカバンビーのもので、20世紀末に発見された海際のマロヴァト産「オーシャン・ジャスパー」はこの時初めて世に知られたのかもしれない。