353.含銅硫化鉄鉱 Pyrite & Chalcopyrite etc (日本産) |
父方の祖父という人は、私が1歳になる前の月に亡くなった。祖父に関する記憶はまったくない。しかし面影を偲ぶよすがが、祖母の家にいくらも残されていた。それは例えば白いレースカバーを掛けた応接用のソファであったり、額に収めて壁に飾った記念写真であったり、旅行の折りに持ち帰ったと思しいみやげ物であったりした。なかでも幼い私の気持ちをつかんで離さなかったのは、ひとつの鉱石だった。掌にのるほどの大きさで、ずっしり重い手応えがあり、石なのにきらきら光っていて、ところどころ、5角形の面を見せる粒が嵌め込まれていた。黄鉄鉱の結晶である。それは子供の探求心を激しく掻き立ててやまない輝きを放った。普段使われないほの暗い北向きの部屋。奥まった隅に据えられたガラス棚。ソファに乗って背越しに見ると、ちょうど目線の高さにおかれた鉱石…。幽暗と静けさの淵から返す金属の照りは、あたかも闇の中のオレンジであり、水底に沈む聖杯であった。
かくて私の鉱物ライフは、まだ年端のゆかない時分にすでに芽吹き始めていたのだ。
ちなみに、この鉱石が祖父の手に入った経緯は、祖母に聞いても、父に聞いても、とうとうわからないまま今日を迎える。そして、鉱物愛好家といいながら、いまだその出自を見極められない私である。