352.黄鉄鉱 Pyrite (メキシコ産)

 

 

パイライト -メキシコ、サカテカス、タヤワ鉱山産
五角形の面をもつ(五角十二面体の)結晶集合。
黄鉄鉱に特有の形である。
ちなみに正五角十二面体の結晶は自然界には(ほぼ)存在せず、
黄鉄鉱の各面も正五角形でなく、ややズレている。
 

同質異像の黄鉄鉱と白鉄鉱とは、安定度に違いがあり、一般に黄鉄鉱の方が安定している。白鉄鉱(の標本)は、数年のうちに湿気の影響で分解し、硫酸を生じ、標本は哀れ、ばらんばらんの憂き目を見るのが相場なのだ。
それでも白鉄鉱の標本はたいへん魅力的であり、止める友を振り切って手を出そうとあがく愛好家に事欠かないようである。
「本邦鉱物図誌4」に、「白鉄鉱を酸素の供給を絶って450℃に熱すると、黄鉄鉱に変わる」(非可逆)とあるが、標本を熱処理して風化対策を施せば、いつまでもその美しい形状を楽しめるのではなかろうか。(←でもそれじゃ、白鉄鉱の標本といえないのでわ?)

ちなみに、白鉄鉱は黄鉄鉱より色が淡いため、昔から White iron pyrite と呼ばれてきた。しかし両者の区別は必ずしも分明でなかったように思われる。
例えば、黄鉄鉱を研磨したマルカジットと呼ばれる装飾品が、ビクトリア朝時代に作られ始め、現在もその名で流通しているからである。
西洋宝飾史に詳しい山口遼氏は、
「マルカジット(黄鉄鉱石)は、ダイヤモンドの代用として、18世紀中期から作られるようになった。6面体にカットすることで生まれるシャープな輝きは、ダイヤモンドとは異なった独特の魅力を持ち、現代でも根強い人気をもっている。マルカジットは何度か流行の波に乗ってきたが、特に今世紀(注:20世紀)初期にはロンドンの宝石店のウィンドウを埋め尽くすほど盛んとなり、かなりの種類の装身具が作られた。現存するものの多くはこの時期に作られたものであるが、中でもテオドール・ファルネの作品は大変凝った作りとなっている。」
と著書に記されている。マルカジットは実際には黄鉄鉱であるが、その名が Marcasite (白鉄鉱)からきているのは明らかだろう。

ここでついでに、やはり山口遼氏によって、鋼製の装身具であるカットスチールを紹介すると、

「マルカジットと同じくダイヤモンドの代用品として18世紀から19世紀にかけて流行した。5面体から15面体にカットされ、真鍮や銀の合金に鋲留めされたが、その金属的な輝きが人々を魅了してきた。伝統的な刀剣を作っていた鋼鉄業者の手から生み出された装身具で、そのため、宝石職人が作ったものとは異なった技術で作られている。特に土台となる薄い金属板に開けられた細かな穴を通して、小さな鋲でひとつひとつセッティングする方法は見事な作りで、類似品であるマルカジットとの最も大きな違いになっている。スティールは、19世紀半ばまで宝石や貴金属に匹敵する価値がおかれていたが、量産されるようになると品質も落ち、人気が衰えてしまった。マルカジットと異なり湿気に弱く錆びやすいため、コンディションの良い状態で残っているものが、実に少なく、それだけに希少価値が高まっているもののひとつである。」

文中、「マルカジットと異なり湿気に弱く」という条があるが、もしマルカジットが白鉄鉱であったなら、肌につければ、汗によって急速に酸化され、表面に緑ばん(Melanterite)のような鉱物を吹き出すこと必定であろう。

備考:Marcasite の語源は、アラビア語またはムーア語で、黄鉄鉱や類似の鉱物を呼ぶ言葉 "markaschatsa"に由来する。その意味は「火の石」で、黄鉄鉱と同じく、石英と打ち合わせて火花を発する性質から火打石として利用されてきたことによる。

備考2:白鉄鉱が生成されるのは、低温環境に限られる。

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