18世紀、ムラノ・ガラスで有名な水の都ベニスのムラノ島で、ひとりの職人が融けたガラスの中に誤って銅片を落としてしまった。ガラスが冷えて固まったとき、いったん熔けた銅は再び箔状になって姿を現し、世にも美しい煌きにきらめいた。こうしてアヴェンチュリン・ガラス(aventurino)が発見された。その名もイタリア語の"a ventura" (偶然に)に発する。
以来、このガラスはベニスの特産品となり、ランプシェードなどに用いられて好評を博している。ゴールドストーン(茶金石)と呼ばれる赤褐色のものと、青紫色のブルーゴールドストーン(紫金石)とがあり、溶融ガラス中に銅を溶かし、過飽和状態から特殊なプロセスで冷却していって、内部に銅やクロムの細片結晶を析出させて作られる。
一方、自然界にもアベンチュリンと呼ばれるいくつかの鉱物がある。もとは赤鉄鉱(ヘマタイト)や褐鉄鉱(ゲーテ石)を含んだ赤色〜赤褐色の石英(砂金水晶)を指した。これらはアベンチュリン・ガラスによく似ていて、実際ガラスはその模造品だと考える人もあるくらいだが、ほんとうは鉱物の方がガラスから名前を拾ったのだ。
天然の砂金水晶は産出が少ないため、現在アベンチュリンの名で親しまれているのは、石英中にクロム白雲母(フクサイト Fuchsite)の細片を含んだ緑色の石だ。インドに産出が多いためインドひすいとも呼ばれる。
これらアベンチュリンに共通する光学的性質、すなわち宝石の中に含まれた別の鉱物の小片が光を反射し、宝石がきらきら輝いて見える効果を、アベンチュレッセンスという。
韓国産やシベリア産の紫水晶には、アベンチュレッセンスを持つものがあり、茜差す鮮やかな紫とあいまって、霊的な美しさを帯びて見える。カナダのケベック州にある雲母鉱山では赤いアベンチュリン(や赤い雲母)が見つかる。
市場に提供されている天然アベンチュリンの大半は染色されたものだそうで、鮮やかな緑色を始め、染色メノウと同じように赤やら青やら様々なバリエーションがある。
cf. No.144 クロム白雲母ほか
追記:日本では江戸時代末期(嘉永 1848-54頃)に、砂金石(茶金石)と呼ばれる石が簪の玉や緒締めの玉に用いられて突然の流行を見た。ベネチアで作られたアベンチュリン・ガラスだったという。
江戸後期は髪飾りや袋物などの実用器物にさまざな珍奇の材料を用い、装飾にも凝った奢侈品が盛んに作られていた。赤いサンゴ玉(紅珊瑚)はそうした材の一つで、玉簪では一番人気を誇った。地中海産(サルジニア島産)のサンゴがオランダから、あるいは中国を経由して渡ってきたようだ。イタリア産のアベンチュリン・ガラスもトンボ玉(ガラス)などと一緒に持ち込まれたと思しい。