434.方解石4 Calcite (オーストラリア産)

 


calcite

方解石結晶面に成長した微小方解石結晶
−オーストラリア、ビクトリア州、Buchan産

 

ある年の鉱物フェアで、まだ駆け出しだった標本商さんに、「こんな石ばっかり集めてどうするんですか?」と問われたことがある。
なんと答えたか正確に思い出せないが、多分、「ただ集めてるだけ」と言って小さく笑ったように思う。すると標本商さん、「実は私もね、家族に同じこと訊かれるんですよ…」と困った顔で打ち明けた。

それは趣味だもの、好きだから集めるに決まっている。でも、集めたものをどうするのか…は一生かかっても答えが出ない究極の問いだ。標本はひたすら増え続けていく。いつか存分に鑑賞する時間さえなくなっても、相変わらず増え続けていくだろう。
好き、とはそんなもので、時間がただ充実して過ぎてゆく。ひたすらのめり込んで、あとから振り返った時はじめて、ああ楽しかったと感じる。そして、膨大な数の標本に唖然とする。

「好きというのはな、船なのじゃ。無明長夜を超えてゆく荒海の船なのじゃ」と辻邦生は語っている。この言葉はハートを撃つ。実生活が苦しいとき、虚しく思えるとき、たしかに鉱物たちは僕の気持ちを和らげ慰めをくれるから。だが客観的にそうであっても、主観的には「好き」は便法じゃあない。
「好きというのはな、無心なのじゃ。赤ちゃんのたわむれのような、生の純粋な喜びなのじゃ」
ね?

この標本、はじめて有楽町のフェアに顔を出したとき、たった一つ手にして帰ったもの。なんと嬉しかったことか。

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