433.ストレング石2 Strengite (スウェーデン産ほか)

 

 

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ストレング石 -スウェーデン、スワッパバーラ産

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ストレング石 −ドイツ、ババリア、プレイスタイン産
(撮影 ニコちゃん)

 

ストレング石は魅力的な色彩の燐酸塩鉱物だが、そして楽しい鉱物図鑑を翻くと、ヨーロッパにはさほど珍しくないように書かれているのだが、では標本を探してみると、存外見つからないもののひとつである。
上のスウェーデン産は、20年ばかり前によく出回った銘柄産地だが、近年ほとんど目にすることがなく、たまに出ていると大変な値段である。あんまりだと思って標本商さんを詮じ詰めると(こらこら)、「なぜか知らないけど、業者さんが強気でねぇ…」と眼を逸らされたことがある。つまりは人気が出た時にすでに品薄となっていたのだ。しかし今年に入って手頃な値段でちらほら出ているので、ひとつ手に入れ、多少溜飲を下げた。透明感はないがリッチで、阿波名産ぶどう饅頭を思わせる美味しそうな標本と思う。

下の標本は、もうひとつの欧州銘柄産地ドイツのもの。プレイスタインは有名な燐酸塩ペグマイタイトである。スウェーデン産はたいてい微小結晶が放射球状に集合しているが、こちらは小さな晶洞に肉眼的な単結晶を拝むことが出来る。コレクターがこまめに採ってきては市場に流すのか、少量ながらむかしから安定的な供給があり、値段もリーズナブルなのが嬉しい。

こういう標本を集めるとき、僕はもしかしたら健全な鉱物愛好家から鉱物マニアへの道行きに、いよいよ足を踏み出したのではないかと懼れる。ちなみに本鉱の名はドイツ、ギーセン大学のヨハン・アウグスト・シュトレング(1830―97)に献名されており、あちらで「ストレング石」などと言うと、「ナイン! シュトレンギッテ」と返されそうである。

cf. No.137 ストレング石
  No.308 メタストレング石

 

追記:楽しい鉱物図鑑(1992)に言及されている外国産の美麗標本は、たいてい 1970-80年代に市場を賑わせたもの(著者が海外の鉱物ショーで実見されてきたもの)と考えてよいが、スウェーデン産のストレング石は 1985-87年頃にレバニエミ鉄山に出たものである。
レバニエミは有名なキルナ鉄山(1736年に発見された)の南東40km ほどにあり、この地方ノールボッテンにはスウェーデンの鉄鉱埋蔵量の86%が集中しているという。ただし数世紀に亘る採掘を経て、残存する鉱石は概ね燐分が高く、必ずしも製錬に(コスト的に)有利なわけではない。
ノールボッテンで最初の鉄鉱床(磁鉄鉱)が発見されたのは 1644年のことで、以来人々は磁針を手に氷河に覆われた極北の地を探鉱して回り、富鉱帯を発見しては次々にさらえていった。19世紀末に鉄道が繋がり、キルナからノルウェーのラルビク港へ鉱石を直送出来るようになると、近代的な大規模採掘法が導入された。キルナヴァーラの巨大な鉱床は 1901年から操業が始まり、次いでツオラヴァーラの鉱体にも手がついた。それから半世紀以上、この二つの鉱床は大量の鉱石を提供してきた。レヴァニエミの鉱床が開かれたのは 1964年である。

レヴァニエミ鉱山は露天掘りで、最初の10年間で 3,400万トンの鉱石を産したが、それから採算が合わなくなって操業を休止した。主に磁鉄鉱からなる鉱石に燐灰石(フッ素燐灰石と炭酸燐灰石と)が伴い、平均 50%の鉄と 0.6%の燐を含んだ。鉱床の中心部には風化して生じた赤鉄鉱の鉱体があり、概ね150mの深さがあった。
1985年の7月、あるコレクターが変わった見かけの標本をズリから採集したのがきっかけで、すぐにさまざまな鉄・アルミ系の希産燐酸塩鉱物が確認されて採集ブームが起こった。地元の鉱夫たちによると、この種の燐酸塩が出たのは上述の赤鉄鉱鉱体の最北部だったがすでに水没した後で、標本はすべて鉱山の西のズリ山から採集されたという。3年間でほぼ採り尽くされたが、地元のコレクター経由の標本が今でもちらほら市場に届いている。
ブーム期に出回ったストレング石は透明度の高い暗紫色〜マゼンタ色の結晶の球顆状集合で、結晶サイズは7mmほどあった。ベラウン石、ロックブリッジ石、カコクセン石等を伴う。ストレング石の鉄成分は半ば近くアルミ成分に置換されるケース(バリッシャー石に近いもの)があり、アルミ分が多いほど色目が淡くなる(白色に近づく)。
楽しい図鑑に見る類の美麗標本は、ズリ採集がブームだった 80年代でも貴重品で、キャビネットサイズの標本はむしろ得難かったようである。

ドイツの燐酸ペグマタイトというと、まずはハーゲンドルフ・ズュートが筆頭で、5mm程度の大きさのストレング石を多産した。産状はインディアン山やレバニエミと同様の球顆集合体である。
プレイスタインはその西2,3キロほどの位置にある村で、ストレング石の標本としては最上のものを出したと言われている。村を見下ろす教会がクロイツベルクと呼ばれる急崖の上に建っているが、この崖がそっくり激しく風化した燐酸ペグマタイトで、1920年以来さまざまな燐酸塩鉱物が見出されてきた。
1960年3月6日午後10時。風化の末に剥離した100トンもの巨石が崖を転がり落ちる事件が起こった。通り道の小屋を押し潰し、映画館の一翼を跳ね飛ばした。そしてこの転石に散らばる晶洞から 1cm大の実に見事な宝石質のストレング石が発見されたのだった。また5cmに達する赤色のフォスフォシデライトも見つかった。
クロイツベルクは自然保護対象となっており、崖での採集はずっと以前から行われていないそうだが、転石を割るのは差支えないのか、それとも昔大量に採った採集品が蓄えられているのか、時々標本にお目にかかることがある。(2019.5.5)

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