520.自然鉛  Native Lead   (スウェーデン産)

 

 

native lead 自然鉛

自然鉛と方解石 −スウェーデン、ヴァームランド、ロングバン産

Native lead 自然鉛

同上 SW紫外線による方解石の蛍光(オレンジ色)

 

陽子と中性子の数の均衡について、いま少し書かせていただくと、原子番号の小さい元素では、陽子と中性子はほぼ同数か中性子がわずかに多いのが普通である(少ないこともある)。一方、原子番号が大きな元素では中性子数が優越する傾向がある。例えばNo.519の 209ビスマスは陽子83ケに対し中性子126ケ(計209ケ)であるし、自然界に比較的豊富に存在する元素の中でもっとも原子番号の大きな 238ウランは陽子92ケと中性子146ケで出来ている。これらの重たい元素では、両者の比率はだいたい2:3くらいに落ち着くようだ。
陽子と中性子とは中間子のやりとりによって相互に役割を交替しながら(互いに変化しあいながら)存在しているそうで、その相互作用が両者を、ひいては原子核を結びつける力になっている。両者の比率に差があるということは、その力の配分が軽い元素と重たい元素とでは違っているということになるだろうか(どうもそういうことが気になってしまう)。

原子番号81以上の核種はたいてい放射性である。その崩壊過程には陽子2ケと中性子2ケを放出するα崩壊や、中性子1ケが壊れて陽子になる過程でエネルギー粒子を放出するβ崩壊などがあり、同時に、またはわずかに遅れて余剰のエネルギーをγ線として放出することも多い。α崩壊が起こると、その元素は原子番号が2つ小さい別の元素に変化する。β(β−)崩壊が起こると、原子番号の1つ大きな元素に変化する。
陽子の数が増えたり減ったりするだけで違う元素に変わるという説明は、いつ何度聞いても不思議な感じがある。卑金属から貴金属を生み出そうとした錬金術を地でいくような禁断のハイパーテクノロジーの香りがする。でも、こうした過程は自然に起こってもいるのだ。特定の核種に限られるけど。

238 ウランは半減期約44.7億年という長いスパンでα崩壊し、陽子2ケと中性子2ケ(つまり 4ヘリウム原子)が飛び出して 234 トリウムに変わる。陽子2ケと中性子3ケの割合で飛び出した方がもっともらしい気がするが、あいにくその割合の 5ヘリウムという核種は天然にも人工にも存在しないようである(ちなみに 6 ヘリウムは人工的に作られているが、きわめて不安定)。
そのせいかどうか、 234 トリウムはもとの 238ウランよりさらに不安定で、半減期24.1日の速さでβ−崩壊し、準安定状態を経過した後、 234 プロトアムチニウムに変化する。この核種はさらに不安定で、半減期6.7時間でβ−崩壊して 234ウランに変わる…といった具合に、その後も放射性の核種が延々と連なって、最終的に 206鉛になるまで崩壊が続く。
この崩壊系列をウラン系列または4n+2系列という。質量数が4の倍数+2で表現される元素を経過してゆくからである。

同様に 232トリウムを祖とし、208鉛に至って安定する崩壊系列をトリウム系列または4n系列と、227アクチニウムを祖として 207鉛に至る系列をアクチニウム系列または4n+3系列と呼ぶ。いずれも最終的に鉛に変化すること、途中に必ず気体状の元素ラドンを経由することなどが特徴である。

こうした規則性があるなら、4n+1系列もあるのではないか。
と昔の人も思ったが、これはなかなか発見されなかった。1946年、シーボーグらが241 アメリシウムから 237ネプツニウムに、最終的に209ビスマスに至る壊変系列を確認したが、それまでは「失われた系列」と呼ばれていた。現在は人工放射性元素の崩壊系列として知られる。
もっとも崩壊の遅い 237ネプツニウムでも半減期はわずか214万年なので、ほかの3系列とは比較にならない速さで壊変が進む。地球が出来たときには、あるいは存在していたかもしれないこの系列の核種は、最終形態の 209ビスマス(とそれに続く 205タリウム)以外、今の自然界にはごく微量にしか存在しない。
ビスマスはわりと豊富に産出する元素だが、そのうちどれくらいが壊変によって生じたものかは、神のみそしるである。

上の標本は自然鉛。鉛はふつう硫化物や二次鉱物の形で存在し、単体での産出は非常に珍しいという。一方ウランを初め上記3つの壊変系列がゴールを鉛と定めているなら、これらの元素を経由して今に存在する鉛も相当量あるはずである。そこで自然鉛が非常に珍しいものだとしたら、壊変系列の上流のすべての核種もまた、単体では存在することが稀な元素であるのか、あるいは壊変の途中で気体状のラドンを通るために塊状では存続しにくいのか(ネプツニウム系列も途中分岐して、ラドンを経過するが、その割合はごくわずか)、例によって僕は回答を持たないが、なにか理由があるはずである。あるいは単に鉛とビスマスとでは化学的性質が異なるというだけかもしれないが。

スウェーデンのロングバンは、自然鉛の古典的産地として有名だった。今は絶産ということで、かわりに同国のダラルナという産地の標本が市場に出ている。上の標本とは大分感じが違い、暗緑色粒状の角閃石の母岩に薄板状の鉛が挟まったリッチな標本である。熱水起源であるらしいが、それならほかの土地にももっと産出があってよさそうなものだ。

補記:核種の表記は、通常 238U、 209Bi のように、元素記号の左上に質量数を記します。日本語表記ではウラン238のように、質量数を右側に記す例が多いのですが、本サイトでは 238ウランと書いています(単なる好みですが…)。

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