542.氷長石 Aduraria (スイス産)

 

 

氷長石 アデュラリア Aduraria

氷長石 −スイス、カントン・ウリ、フルカ産
  

パトリシア・マキリップのファンタジー「イルスの竪琴」の世界に、宝石の原石を幾多抱えたアイシグという山がある。山の根深く封印された坑道の扉の奥には、太古の存在、大地のあるじたちの子らが石になって眠っていた。

二次大戦頃の話だが、スイスではサン・ゴタールの山中などに、巧みに作られ、防備されたトンネルがあった(今もあるだろう)。軍事演習の時、士官たちはそのトンネルの中で眠ったが、決まって何人もが同じ悪夢に悩まされ、精神科医を訪れるのだった。彼らはそろって巨大な怪物の腹中に呑み込まれるという感情を体験していた。その腹の中で消化されるのでなく、潰され、押され、枯らされ、石化されるのだと訴えた。(補記)

谷を挟んで眺めていてさえ、山はその威容で、巨大な岩塊が発散する重力で、私たちを圧倒する。ましてその真下のトンネルの中に潜り込んだなら、どんな生命がその重みにひしがれ、絞られ、固い石に化す運命から逃れられるだろうか。しかもその運命は死ではないのだ。生命は鉱物化されるが、鉱物化によって死を奪われ、結晶の中で永遠の時を過ごすことになるのである。それは人にとって恐ろしいことなのだろう。

しかしもちろん、鉱物にとっては山の力は恐ろしいものでも苦しいものでもないだろう。岩塊を破って晶洞から取り出された可憐な水晶や長石の透明な結晶はしばしば実に繊細である。叩けば韻々とソプラノを響かせて砕け散りそうにみえる。しかしこれらの石たちは、まさにあの抵抗不能の重力と暗闇とによって長い歳月を守られてきたのだ。生物の憩いは軽さと動きの中にあり、石たちの安息は重さと不動の中にある。

補記:このエピソードはエリアーデの著書によって知ったが、どうやらユングが聞かされたことであるらしい。

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