543.黄鉄鉱化したアンモナイト Pyritized Ammonite (ロシア産) |
小学校に上がる前の私は祖母に連れられ、恐竜博〜2億5千万年前の世界と銘打った夏休みの博覧会に行った。帰りにアロサウルスの歯だか爪だかのレプリカを買ってもらい、自分が恐竜になったほどの大得意に舞って、本物と信じて後々まで宝物にしていた。机を持つようになってからは一番上の引き出しの中に大切にしまい込んでいた。
そんな私が大人になってみると、いつの間にか化石の類は苦手であった。骨(こつ)とか土中から掘り出された貝殻とか粘板岩に留められた生物姿形の押し型に、死の匂いの沁みついた気配を不可抗的に想像してしまう。手元におくと考えるだけでどうも居心地がよくない。
そも化石とは、言葉を変えれば鉱物化にほかならないのであるが、もともと鉱物として生じたものと、生物、あるいは生物の一部として活動していた物体(例えば貝殻などはもともと非生物といえなくもないが、心情的にはやはり生物の一部である)が鉱物化したものとの間には、越えがたい一線があるように観じられる。後者に在りし日の面影が保存されている視覚的な差異は大きい。死を超越した名残りであるがゆえに、かえって死の香りをまとって不気味である。
鈴木清順の映画、「ツィゴイネルワイゼン」(内田百闌エ作)には、骨を無性に清らかな美しいものとして愛しむ奇特な御仁が出てきて、君が死んだら骨を書斎に飾ってやるなどと勝手に約束したりするが、いくら親友であってもそういうのはやはり悪趣味ではなかろうか。
私としては死の形を保つより、むしろ土と崩れ塵となり風と溶けて、世界に還ってゆくのを自然と考えたい。それでもやはり、このような化石化−鉱物化もまた、自然現象に違いないのだけれど。
標本はアンモナイトが黄鉄鉱化した化石。
さんざ言っておいて、なぜこういうものを所持しているか?
研究のためである。
お骨をちょうだい。
追記:アンモナイトは昔の西洋圏では石(鉱物)と思われていた。エジプトの太陽神アメンは(アモン)は後のギリシャ神話のゼウスやローマ神話のジュピターに繋がるが、渦を巻く子羊の角を持つ。このアモンの角(コルヌス・アンモニス
Cornus Ammonis)
に擬して呼ばれた。羊の角はアモン神への捧げ物にされるが、時にアンモナイトの化石も使われたという。
中世ヨーロッパでは、とぐろを巻く蛇に擬えて蛇石(オフィテス
Ophites)とも呼ばれ、外周の縁を蛇の頭の形に彫ったお守りが作られた。
アンモナイト Ammonite の語は 1732年が文献上の初出という。日本では菊の花に見立てて「菊石」という訳がある(横山
1894年)。北海道産の厚みのあるアンモナイト化石に「かぼちゃ石」の名がある。