616.苦土ターフェ石 Magnesiotaafeite (ミャンマー産)

 

 

Magnesiotaafeite 苦土ターフェアイト

苦土ターフェ石 -ミャンマー、モゴック、Ohngaing Village産

 

希少宝石として愛好家の話題に上る石の筆頭格はおそらく今でもターフェアイト(ターフェ石)だろうと思う。その道に手を染めた愛好家はメジャーな宝石をおおむね集めてしまうと、次にはメジャーであっても色が希少なもの、希少な光学的効果をもつもの、そして一般宝石店にはめったと並ばない希産種の宝石蒐集に視線が向かうという。いったい宝石は希少なものであるが、そのうえにもさらに珍しい(幻の)宝石が収集のターゲットに入ってくるのだ。
いささか古い例で恐縮だが、彼らは足しげく宝石専門店に通ううちに、赤色のダイヤモンドやトパーズ、アレキサンドライト・キャッツアイやローリングフラッシュ・オパール、靄のかかったカシミールサファイヤやロシアン・デマントイドといったレアアイテムに関する知識を授けられ、いつか実物を一目見たいものと憧れを燃やすようになる。そしてフォスフォフィライトやこのターフェ石は、希少宝石の中でもいわゆる「垂涎の的」「聖杯」として彼らの口の端に上り、讃えられるもののようである。

ターフェ石はスリランカに産する宝石である。ふつう漂砂礫中に不定形の水摩片として見つかるため、外観から鉱物学的に(あるいは宝石学的に)種を同定するのは難しい。カットされた石の比重や屈折率、複屈折性などのデータを宝石商が検証した上で初めて世にも稀な宝石であることが明らかにされる類の、別の言い方をすれば、研磨業者がその種の宝石であることを知らずに雑多な石に紛れてカットする類の宝石なのだ(った)。
ターフェ石は1945年にボヘミヤン・アイルランド人のターフェ伯爵によってカット石の中から発見された。伯爵はアマチュアの宝石愛好家で、通信教育で宝石学を学んだ人だという。その年の秋、氏は友人の宝石商から手に入れた、古い宝飾品から外された雑多なルースの山を調べていた。中に淡い菫色のスピネルがあったが、顕微鏡で覗いてみると、背面にある一本のキズがわずかながら二本に分かれてみえた。こうした複屈折性は、結晶が異方性を持つことに起因して現れるもので、等軸晶系のスピネルにはあるまじき現象である。一方、比重などほかの物理的性質はスピネルにごく近いものであった。
専門家による詳しい調査が必要だと考えた氏は、この奇妙な石をイギリス自然史博物館に送って検討を待った。果たして石はスピネルでなく、新種の鉱物であることが分かった。そして1951年、伯爵の名を記念してターフェ石と命名された。この第1号ルースはもともと1.419ctの大きさがあったが、分析のため 0.55ctに目減りし、現在は大英博物館に収められている。3分の1まで削られたのはなんとも勿体ないことのように傍目には思われるが、しかし伯爵はこの犠牲によって後世に残る栄誉を得たわけである。
ターフェ石の組成はMg3BeAl8O16 。一方スピネルの組成はMgAl2O4だから、スピネルの成分であるマグネシウムが4個に1個の割合でベリリウムに置き換わったものがターフェ石に相当するわけだ。置換によって生じた異方性が、わずかな複屈折性の原因となり、また微弱な2色性をもたらす。
伯爵が発見した石はスリランカ産と推定されたため、その後スリランカ産のスピネルがあると、あるいはターフェ石ではないかと、宝石商たちの強い関心を呼んだ。
実際、後々まで、スリランカにルースの買い付けに行く宝石商の楽しみのひとつは、ひと山いくらの雑石の中にターフェ石が混じっていやしないかという期待感、その石を捨て値で手に入れて濡れ手に粟の掘り出し物気分を味わうことだったという。といっても、レア宝石のマーケットは(商業宝石をベースとすれば)そんなに活発なものではないので、希少宝石の入手はどちらかといえばコレクター気質の強い店主自身の個人的な楽しみに近かったようである。

その後ターフェ石は、シベリアやオーストラリア、ミャンマーなどでも発見されるようになったが、宝石にカットされるものはほとんどがスリランカ産であるらしい。同地のターフェ石には蛍光性があり、長波紫外線で緑色、短波紫外線でもやや弱い緑色に光る、と近山大事典にある。

画像の標本はミャンマー産の原石で、ここ数年来ぽつぽつと市場に出ているものだ。見ての通り宝石質ではないが、従来ターフェ石の標本など年に1、2ケ見ることが出来れば御の字だったのだから、大きな進歩である。たいてい一面が研磨されているのは、屈折率(複屈折性の有無)を確認するため、と業者は説明している。まれに結晶面の明瞭なものが出るが、ちょいと高嶺の花である。
短波紫外線で強烈な赤色に蛍光するのがスリランカ産との大きな違いで、私の肉眼的な観測では長石類・霞石類によく見られるのと同系の赤色である。蛍光性はかなり強い。

この石は発見以来、Taafeite の名で知られていたが、最近、鉱物学の分野では Magnesiotaafeite と改称された。宝石の分野ではおそらく今もターフェ石の名が一般に通っているのではないか?

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