617.バッデレイ石 Baddeleyite (ミャンマー産) |
バデレイ石は二酸化ジルコン(ZrO2)を主成分とする鉱物で、1892年に記載された。その名はスリランカ産の原標本を提供したジョセフ・バデリーにちなむ。和名はバデレ石、バデレイ石、バッデレー石、バッデリー石など複数の表記が行われている。上述のようにつねに微量のハフニウムを含む。
メンデレーエフが1869年に周期表を提案したときから、ジルコンの直下に配置されるべき元素は予想されていたが、その正体が永らく知られなかった。周期表は化学者たちの精力的な研究によって新しい元素で次第に埋まってゆき、1923年には未確認の非放射性自然元素はあと2つになっていた(放射性元素テクネチウムとプロメシウムを入れると4つ)。
原子番号72
の元素はランタノイドの仲間であるとも考えられ、いわゆる希元素鉱物からの分離が多くの研究者の手で試みられたが芳しくなかった。ニールス・ボーアはむしろジルコニウムに類似したものと考え、コペンハーゲンにあるボーア研究所のコスターとヘヴェシーにジルコン鉱物の分析を勧めた。そしてこの年、バデレイ石からついにハフニウムが抽出されたのだった。響きの美しいその名前はコペンハーゲンのラテン名ハフニアにちなんでいる。(余談だが、もうひとつの未確認元素レニウムは1925年に確認された。白金鉱石やコルンブ石中から検出され、ガドリン石やモリブデン鉛鉱中にも認められた。)
兄弟元素であるジルコニウムとハフニウムは、電子配列の類似によって共通の化学的特性を持つが、中性子との相互作用(その程度は中性子断面積という用語で表現される)は両極端にある。ジルコニウムが中性子のエネルギーをもっとも奪いにくい元素のひとつであるのに対し、ハフニウムは中性子を減速させたり吸収しやすい。中性子断面積がジルコニウムの1000倍も大きいのである。
両者は原子力分野でそれぞれ重要な素材とされ、ジルコニウムは中性子に作用しないことが望ましい燃料棒の被覆に用いられ、ハフニウムは中性子を吸収させて核分裂をコントロールする制御棒に用いられる。ふつうジルコン鉱物には両元素が混在するが、原子炉材に用いるには高純度に分離精錬されていなければならない。ジルコニウムはまた、原子炉配管のTIG溶接に必要なタングステン電極の活性剤として、ランタンやセリウムの代わりに用いられる。融点が高く、炉材としても有用である。
バデレイ石は硬度6.5、比重5.5〜6.0、単斜晶系、色は無色、黄色、褐色、黒色など。底面へき開を持つ。ふつう風化残留物として見つかるが、時に結晶形をとどめた標本が出る。画像はミャンマー産のもので、もはや耳にタコであろうが、最近の希産種宝石ラッシュに乗って市場に出たミャンマー・ブラザーズのひとつといえる。
果たしてこんな黒っぽいものが宝石なのか?というツッコミもあろうが、まあ透明で美しいものは宝石にもなりうる、といっておきたい。
余談だが、バデレイ石と同じ成分で、結晶構造を無理やり等軸晶系にとどめた鉱物が合成されている。キュービック・ジルコニアである。光の分散特性が優れ(よくキラめく)、等軸晶系のため複屈折性がなく、硬度も高い。無色のものをカットするとまさにダイヤモンドそっくりの光る石になる。
と言ってみたところで、この標本が宝石に見えるわけではもちろんない。最近やはりミャンマーからジルコニウムやチタンを含む希産種
Zirconolite の結晶標本が出ているが、美観はバデレイ石と五十歩百歩である。
バレデイ石はブラジル、オーストラリアなどに大きな産地があり、ある程度のジルコンを含むものはジルカイト Zirkite と呼ばれる。また Brazilite と俗称される石は潜晶質のバデレイ石で、ジルコンや変成ジルコン(非晶質)を含んでいる。(潜晶質の錫石Cassiterite である木錫 Wood Tin のようなもの)
補記:キュービックジルコニア(安定化等軸ジルコニア)は、もともと原子炉用の中性子遮蔽材として開発された。通常の二酸化ジルコン(バデレイ石)は高温で単斜晶系から等軸晶系に相転移し、格子がわずかながら変形する。これを防ぐため、カルシウムや希土類を添加して、常温でも等軸晶系に留まり相転移を起こさない素材を作った。