「完璧な一杯の紅茶の作り方」 How to make a Perfect Cup of Tea
材料:ルーズリーフタイプのアッサム茶; 軟水; フレッシュ・チルド・ミルク(低温殺菌牛乳); 白砂糖。
器具:ケトル(やかん); 陶磁製のティーポット;ラージサイズの陶磁製マグカップ; 目の細かい茶漉し; 茶匙; 電子レンジ
新鮮な軟水を汲み出し、ケトルに入れて沸騰させる。時間・水・労力を無駄にしないよう、ちょうど必要な量だけを沸かす。
水が沸騰するのを待つ間に、カップ4分の1の水を入れた陶磁製ポットを電子レンジに入れて最大出力で1分間加熱する。
ケトルの水が沸騰するちょうどその時に、電子加熱したポットから水を抜き終えるようにあなたの動作をシンクロさせること。
カップあたり茶匙に山盛り一杯の茶葉をポットに入れる。
沸騰中のケトルにポットを持ってゆき、茶葉に(湯を)注いで、(器具で)かき混ぜる。
3分間おいて抽出を待つ。
理想的な容器は陶磁製のマグ、あるいはあなたのお気に入りのマイ・マグである。
カップに先にミルクを注ぎ、次いで茶を注ぐ。茶色がリッチ(濃厚)で魅力的であることを目指すのだ。
お好みで砂糖を加える。
摂氏 60-65度で飲むこと。熱すぎる温度で茶を飲もうとして、はしたない啜り音を立ててしまうのを避けるためだ。
個人的なお膳立て(ケミストリ):
お茶を愉しむ最適な環境を目指し、家の中のお気に入りのスポットで、座って飲む姿勢をとろう。そこでは静けさと穏やかさが、その瞬間を特別な次元に引き上げてくれるだろう。
予め重たい買い物籠を提げて -犬を連れて-
冷たく降りしきる雨の中で、少なくとも半時間過ごすと最高の効果が得られる。されば紅茶の味わいはこの世のものとも思われない。
「完璧な一杯の紅茶」のお伴に読むべき理想の本は、ジョージ・オーウェル著「パリ・ロンドン放浪記」だ。
ラフバラー大学のアンドルー・ステイプリー博士によると:
・沸騰させたことのない新鮮な汲出し水を使うこと。湯冷ましの水は溶解していた酸素が幾分か抜けているでしょうから。酸素は紅茶の香りを引き出すのに大切なものです。
・”硬”水は避けること。水に含まれるミネラル分により、不快な茶滓(スカム)を生じるからです。硬水地域にお住まいであれば、軟質化させた(濾過した)水を使って下さい。同じ理由で瓶詰めの鉱泉水を使わないこと。
・完璧を期して、ルースタイプの茶葉を入れたティーポットを使うことをお奨めします。ポットは陶磁製であるべきで、金属製のポットは茶の香りを損なうことがあります。ティーバッグは手軽で便利ですが、浸出を遅らせます。そこで時間をかけて抽出するわけですが、するとあまり好ましくない高分子量のタンニンも浸出してしまいます(下記参照)。
・茶葉をたくさん使うことはありません。一杯あたり 2g(茶匙一杯)で普通は十分です。
・茶葉の浸出は出来るだけ高い温度で行うべきです。そのために予め温めたポットを使うべきです。少量の熱湯でほんの数秒ポットを洗うのでは十分といえません。沸騰した湯をポットに少なくとも4分の1ほど入れて、30秒は待ちましょう。それからお湯をポットからさっと抜いて、茶葉を入れ、新たにケトルから沸騰したお湯を注ぐのです。
もっといい方法は、電子レンジでポットを予め温めておくことです。ポットに4分の1カップの水を入れて電子レンジで最大出力-1分加熱します。そして水を抜き、茶葉を加え、ケトルから沸騰しているお湯を注ぎます。ケトルのお湯は沸騰したらすぐに注げるように、その作業が水を抜いてすぐのタイミングになるように合わせます。「ポットをケトルへ」の格言に従うことは温度を高く保つのに、わずかばかりですが役に立つでしょう。
・浸出にはたいてい3-4分間かかります(茶葉によります)。長い時間かけて浸出すると紅茶により多量のカフェインが溶け出してしまうというのは作り話です。カフェインは相対的に素早く浸出し、1分以内にほとんど出きっています。しかし、ポリフェノール性の物質(タンニン)の浸出のためより長い時間をかける必要があり、これが紅茶に色と香りを与えます。しかし時間をかけすぎると後味を悪くする高分子量タンニンも浸出してしまいます。
・あなたのお気に入りのカップを使って下さい。ポリスチレン製のカップはやめましょう。直接飲むのには熱すぎるでしょうから(また、ミルクを劣化させるでしょう。下記参照)。ラージサイズのマグは小さいカップよりも長時間熱を維持しますし、よりたくさんの茶を入れることが出来ます!
・フレッシュ・チルド・ミルク(低温殺菌牛乳)を加えます。UHT(超高温殺菌)ミルクではありません。これは変性したたんぱく質を含み、味が悪いですから。紅茶より先にミルクを加えます。ミルクのたんぱく質の変性(劣化)はミルクの温度が75℃を超えると起こる傾向があります。熱い紅茶の中にミルクを注ぐと、まとまっていたミルクは個々の滴に分かれて高温の紅茶と長時間接触することになり、変性が顕著に起こります。ミルクに熱湯を加える時にはずっと起こりにくいでしょう。
(ミルクと紅茶の)混合が終わった時の温度は 75℃以下になるでしょう、ポリスチレン製カップを使わない限りは。
・最後に好みに応じて砂糖を加えます。ミルクと砂糖は任意ですが、どちらも紅茶本来の渋みを和らげる働きがあります。
・60℃から65℃が紅茶を飲むのに完璧な温度です。上述のガイド通りにすれば 1分以内にそうなっているでしょう。これより湯温が高いと、飲みながら紅茶を急速に空冷する所作を、俗に言う「啜り飲み」をする破目になります。茶匙を数秒間、紅茶に漬けたままにすれば、とても効果的に温度が下がります。
終わりです。
(SPS訳)
備考:美味しい紅茶を淹れるため、大戦後すぐの配給統制の時期にオーウェルが挙げた
11ケ条のひそみにならい、21世紀初の平和で物資が潤沢にある時期に掲げられたレシピ。読めばお分かりの通り、どこまで正気か分からない、ユーモラスな読み物である。
おそらく独り身の研究者仲間、自分が飲みたいときに自分で紅茶を淹れて、一人で静かに紅茶を飲むタイプの仲間に向けて記されたものだろう。(王立化学会には、学生から最高ランクの称号授与者まで
5万人を超える会員がある。)
仲間うちには使い捨てのポリスチレン・カップで紅茶を嗜む者が大勢いると思しい。サステナブルな生活習慣を心がけ、ムリ・ムダ・ムラを嫌って作業の効率化を心がけているかのように聞こえるが、しかし一杯の紅茶を最高のものに仕立てるためには、わざわざ雨の中へ濡れに出かけることを厭わない、風邪をひくことも厭わない、そういう人に私はなりたいのであろう。
いくつか背景知識を付記しておく。
・お湯
お湯の中の溶存酸素は、抽出の際にポット中で茶葉が上下動(ジャンピング)するのを補助する働きがあるとされている。これが起こると茶葉がよくほぐれて抽出が速やかに進行すると信じられている。いったん沸騰させた水は「冷えるときに」溶存酸素を失いがちであるとされ、汲み置きや湯冷ましを使うときは先に空のペットボトルに入れて(満タンにしないこと)、蓋をしてよく振るとよいと言われている。はは。
沸点に達したお湯を沸かし続けると、数分のうちに溶存酸素の大半を失うとの科学的実験データがある。
例を挙げると、2012年
2月にNHKの番組「アインシュタインの眼」で湯中の溶存酸素量と紅茶抽出時の酸素量の変化が計測されており、関連の報文がネット上で閲覧できる(「異なる温度のお湯を淹れた紅茶内の酸素濃度変化について」)。
興味深い点をいくつか引くと、実験に使った水の溶存酸素量は
30℃で約 235uM (20℃での飽和濃度は
284uM)で、温度上昇と共に減少して 90℃で約 80uM、99℃で約
60uMまで抜けている。その後沸騰が始まると
15秒ほどは同じ濃度値を示しているが、それから急速に酸素を放出して、沸騰開始から
30秒後に 30uMを切り、1分半後間には約 10uMとなっている。
初期温度 90℃の湯と 95℃の湯、また5分間沸騰させた湯(100℃?)で紅茶(ウバ茶)を淹れると、90℃の湯では気泡の着いた茶葉が浮き上がるがそのままでジャンピング(上下動)は起こらず、95℃の湯では気泡の着いた茶葉がジャンピングを起こした。沸騰させた湯では気泡がつかず茶葉は沈んでいた、という。初期
95℃の(未沸騰の)湯でジャンピングが起こった理由を推測されているが、私は理解が追いつかないので、ただそういう実験結果だったらしいと書いておく。
番組に参加された方の著書には、紅茶の抽出の適温は
95-98℃なので、溶存酸素を活かすために
98-100℃あたりでポットに投入するのがよいと提案されている。化学会のテキストに、「ケトルの水が沸騰するちょうどその時に、」とあるのは、してみるとなかなか含蓄のある経験則といえる。勝負はほんの十数秒間にかかっている。
もっとも私としては、なぜ茶葉にあうと湯中の酸素が放出されるのか、また茶葉自体は空気を付着して(吸収して)いないのか(いないはずがない)、その辺りも気になる。
化学会のテキストに「酸素は紅茶の香りを引き出すのに大切なものです。」とあるのはこれも経験則である。NHK実験の報告者は、「紅茶は淹れるお湯の温度で味が変わり、そこに酸素が関与するという指摘があるが、化学的には確認されていない」と述べている。また彼らの実験でも酸素と味との関連性は明らかにされていない。
ところで加熱中の温度はともかく、ポットに注ぐ段階で湯温は
5-10℃下がるのが普通である。もし抽出温度も 95-98℃を維持するのがよいのだとすれば、科学的に最善の方法はじかにポットで湯を沸かし、(温度を計測しながら)、98℃に達したら、火にかけたまま予め計量した茶葉を一気に投入して蓋をし、すぐに火を止めて断熱材入りのティーコージーで覆っておくことだろう。コンロにかけたままが望ましい。
あるいは実験室でなら 98度の恒温槽にポットを入れるとなおよかろう。
ちなみに海抜 0m、気温23℃の環境では標準大気圧(1013.25hPa)時に水は 100℃で沸騰する。しかしコロラド州デンバーのような海抜 1,500m以上の土地では海上大気圧が同等のとき、気圧は 855hPa以下、沸点は 95.3℃以下になる。この環境では紅茶を理想的に抽出することは難事といえる。
・用水
イギリスではロンドンやオックスフォードを含む南部が硬水地域、西南部や北部が軟水地域、中西部が中硬度の地域と概していえる。ロンドンの水道水を沸かして紅茶を淹れるとスカムが浮くのは当然で、それを平然と飲むのがロンドン子の心意気である(という)。しかし、ろ過して軟質化の手間をかけるのが研究者気質なのかもしれない。
イギリスは日本と同じ程度に水道水中に残存塩素が含まれている。除去するには一般に
10-15分以上煮沸を行う。しかしそうすればおそらく溶存酸素もすっかり出払ってしまうだろうから、頭の痛い問題である。カルキ臭にはこの際目をつぶろうということか。
なおこれは都市伝説であるかもしれないが、一般に紅茶メーカーはその土地の硬度の水にあった紅茶をブレンドして販売しているので、土地の水道水で淹れるのが美味しい紅茶を淹れる秘訣だと囁かれている。
とはいえ、おそらくリーフタイプのアッサム茶100%に対する最良の抽出法は上述の水質・湯温・抽出時間の組み合わせであることが実証済みなのだろう。
ちなみに唐代中国に著された陸羽(733-804)の「茶経」(764年頃)は、江南文化の中心地、湖州の茶の作法をまとめた文章だ。用水について、「山水を用いるは上、江水は中、井水は下」として、石灰岩からの湧水が池に注ぎ、ゆっくりと流れているものが一番よいと述べている。大地から湧き出してほどない、適度に流れている新鮮な水で淹れると美味しいと考えていた。産状からするとおそらく硬度の高い鉱泉水だろう。
湯を沸かすとき、泡が魚の目玉の大きさに立って、かすかに音がする湯温を一沸、鍋の縁に泉のように泡が湧いて、首飾りのように連なって起つ湯温を二沸、沸騰状態で波立つ湯温を三沸と呼び、三沸以上は湯が老いて力が抜け飲めなくなる、とした。
茶を淹れる次第は、水を平鍋にとって風炉にかけて加熱し、一沸に達したら塩を入れて味を調える。二沸になったら、柄杓に一杯分の湯をとってポットに分けておく。鍋の湯を中心で掻き回しながら、計量した茶粉末を中心に投入する。そのまま(粉末がジャンピングするに任せて)煮出す。三沸に達したら、ポットの湯を鍋に戻して沸騰を止め、風炉から下して交床に載せる。湯の表面に茶の華が浮き上がってきたら出来上がり。(底に沈殿物が溜まる。)
化学会のテキストに引き寄せて解釈すると、溶存酸素が僅かなり残っている沸騰直前の高温の湯を使って、茶葉をジャンピングさせつつ抽出するやり方といえる。塩を入れるので
湯は 100℃を超えるまで沸騰しないと思われる。
湖州の茶は搗き潰して平たく固めた餅茶(緑茶)を粉末にし、熱い湯に投じて煮出した煎茶。ティーバッグの茶葉を袋から出して煮立つお湯に入れて抽出した紅茶、のようなものか。
「湯が沸いたとき、泡沫の上に黒雲母のような膜がかかる場合は取り除く」とあり、上文の茶滓(スカム)に相当すると思われる。
飲むときは、茶が熱いうちに飲むのがよい。冷める間に茶の精気が飛び去ってしまうからだ、という。揮発性の香気がなくなる前に味わえ、ということらしい。
他方、北宋期の福建省北部(北苑)で作られた高級茶葉は江南の茶葉と成分が異なり、北苑の茶に適した点茶法が工夫された。蔡襄(1012-1067)の「茶録」(1050年頃)はその要諦を認めて皇帝に示した書という。湯温について、加減を見るのは最も難しいことだといい、魚眼の泡が立つ一沸の状態はおろか、もっと小粒の泡が生じる蟹眼の段階でもすでに煮えすぎだとしている。上品な茶は比較的低温で淹れた方が特徴が活きたのだろう。茶の真香を尊び、味は甘くて滑らかなことを重視した。苦くも渋くもない茶である。湯瓶は黄金製が最上という。
ついでに言えば、ロシアの伝統ではサモワールという金属製の湯沸し器を使って一日中湯を沸かした状態にしておくという(私は実際を見たことがないのだが)。ポットに茶葉を入れて湯を注ぎ、サモワールの上部の受け皿に載せて抽出を待つ。待つというか、ずっと置いたままで非常に濃い茶を出して使う。飲むときはカップに4分の1ほど茶を入れて、サモワールの湯で4倍に薄めていただく。こうして可能なら一日中何杯でも飲み続けるのだそうだ。レモンが手に入れば薄く切って添える。ミルクは普通入れない。レモンの代わりにスプーン一杯のジャムをカップに入れることもあるという。砂糖は棒砂糖なので砕いてカップに入れる。これは1世紀ほど前の上中流家庭の流儀だそうで、農民は砂糖の塊をカップでなく口に含んで茶を飲んだ。イギリスでも1世紀前と現在のモダンな流儀は随分違っているので、ロシアでもやっぱり当世流は変わっているかもしれないが、少なくともロシア人にとっての完璧な一杯の紅茶はイギリス人の思うそれとは随分かけ離れていることだろう。
・茶葉
ルーズリーフ・タイプのアッサム茶が推奨されているが、アッサム茶の90%以上は
CTC製法で小さな粒状に丸められて出荷される(ケニア茶は100%
CTC製法という)。茶葉専門商に当たれば手に入るだろうが、値段は
CTCの倍を覚悟すべし。アッサム茶の上級品はゴールデンチップをたくさん含み、ビスキッティ・フレーバーと蜂蜜のような甘い香りのするもので、最初の一杯は是非ストレートで味わいたいものである。
一般にアッサム茶は色が濃く味もコクがあるのがイギリス人に受けてきた。ミルクティにして美味しいタイプである。インド人もアッサム茶を好み、濃い煮だし紅茶(チャイ)を作って楽しんでいる。
なおイギリスではティーバッグで紅茶を淹れる手法が全盛で、茶葉消費量の 96-98% がティーバッグだという。しかしそんな紅茶はもちろん「完璧な一杯の紅茶」になりえないのであろう。
・ポットの温め方
言うまでもありませんが、金彩の絵柄やロゴの入っている陶磁製ポットを電子レンジにかけてはいけません。火花が飛びます。
・理想的な容器
水質・湯温・茶葉の品種と量・抽出時間をパラメータとしてインプットしたとき、完璧な一杯の紅茶を得るに最適の湯量が導出されると思料する。さればその湯量に見合った容器を選択するのが筋ではあるまいか。それにつけてもレシピに湯量の指示がないのが不思議ちゃんである。「よりたくさんの茶を入れる」と、定量
2gの茶葉ではより薄く仕上がるのでは?濃度は慮外なのか。
日本のスーパーに並んでいるトワイニングや日東紅茶のティーバッグは茶葉の重量が一定であり、対して○○ccのお湯を使うようにと説明書きがついている。レシピは次の通り。トワイニング:
2g -140cc/杯、日東: 1.8g-150cc/杯、リプトン: 2g-150cc/杯。 …マグカップってもっと沢山飲む前提だよね。倍ぐらい入るよね。
なお推奨抽出時間はいずれも
2分間と短めで、これは茶葉が細かく、若干の粉末をまぶしたティーバッグの特徴である。ルーズリーフタイプはもっと時間がかかるのが普通。
現代のイギリスではマグカップで紅茶を飲むのがスタンダードであるという。我々日本人が紅茶カップとしてイメージする底の浅い、薄い受け口が広がっているタイプは時代遅れなのだろうか。
「そしてティーカップはすべて、口が広くて浅くなくてはいけないのです。」
「そう、幅広のグラスに入れたシャンパンのようなものなのですね。」
「香りを楽しむために表面が大きくなるようになっているのではないでしょうかね。」 (メイ・シンクレア「魂の癒し」(1924)より)
・抽出時間
アメリカ人 W.H.ユーカースは著書"The romance of tea"(1936年)に茶の理想的な淹れ方を説いている。「理想的な茶の淹れ方は最大量のカフェインを抽出し、過度のタンニンを抽出しない淹れ方である。」「このような淹れ方は、良い香りと味を保つ。」「化学者の観点から見ると、もっとも重要なのは沸かしたての新鮮な湯で、3分から5分の抽出を行うことだ。」「茶葉は住んでいる地域の水にあったものが必要だ。」云々と言い、一般的に、インド、セイロン、ジャワの茶(完全発酵の紅茶)の抽出時間は5分がもっとも良いと書いている。
ただし、「化学的観点から完璧な茶は、残念ながら、消費者の観点から見た完璧な茶と同じではない」。つまり、化学的に理想の茶には、「すべての愛飲家が望むコクと適度の刺激がない」といい、またミルクを入れることが前提であれば抽出時間は長めの方がよいという。参考まで。
・ミルク
イギリスで流通しているミルクは、ほぼ全てフレッシュ・チルド・ミルク(低温殺菌牛乳)である。一般に低脂肪のセミ・スキムド・ミルクが主流なので、イギリスのブレンド茶(徳用ティーバッグはほぼブレンド茶)はこのタイプのミルクの使用を前提に味が調整されているという(ブレンドのテイスティングもこのタイプのミルクを加えて試す)。わざわざ探して
UHT法のミルクを使う人がいるとは思われない。
一方、日本のミルクは 90%超が UHT法で殺菌処理されている。…このタイプのミルクにあったブレンドで売られているのかどうか、私は分からない。
ちなみに南北朝時代の中国では、南朝で茶が愛飲され、北朝では酪(ヨーグルトの類)を好んで飲んでいた。これを統一した唐朝は、奉節王のような王侯が茶に酥(バターの類)や酪を入れて愛飲したという。その風習は清代に続き、今も一部に残っているそうだ。モンゴルやタタール民族は、粉末にした磚茶を水と塩と脂肪で沸かしてスープを作り、ミルクとバターを加えて飲んだり、グリルした食事に混ぜるという。
しかしイギリス人はアジアの習慣に(ロシアの習慣にも)関わりなく、自身の嗜好に従ってミルクを入れて飲むやり方を発明したらしい。明治以前の日本では考えられない飲茶法である。
いや現代でも日本では、ミルクを入れたコクのある紅茶より、レモンで香りづけした軽いあっさり風味の紅茶を理想とする方が多数派かもしれない。してみると、日本のティーバッグはレモンティーに合うようなブレンドをして売られているのかもしれない。
・ミルクを先に
「オーウェルのレシピ」の備考に書いたが、現代のイギリスではポットを使わずマグカップにティーバッグを入れて紅茶を淹れるのが圧倒的な主流派。かつては「労働者階層はミルクを先に入れ、上流階層は紅茶を先に入れる」と言われていたが、今では階層を問わず「紅茶を先に」が普通らしい。
しかし「完璧な一杯の紅茶」はポットで淹れて、マグカップにはミルクを先に、という主張と思われる。理由づけとして
75℃を超えるとタンパク質が変質して云々とあるが、そんなことはずっと昔から分かっていた。2003年にこのニュース記事が出て初めて公知になったと思ってはいけない。先刻承知でずっと議論を楽しんでいるのがイギリス人なのだ。
ちなみに硫酸を稀釈するときは、硫酸に水を加えてはいけない、水を掻き混ぜながら硫酸を少しずつ入れる。って小学校か中学校で習いましたでしょ(水の温度上昇を抑えるため)。
ミルクを先に入れてかき混ぜながら少しずつ紅茶を注ぐと、ミルク温の急上昇を抑えて変質を最小限に止められるんです。常識。紅茶先派はその上で紅茶を先に入れる。
牛乳の殺菌方法のうち、牛乳を
72℃以上の温度で連続的に 15秒以上加熱殺菌するのは高温短時間殺菌法(HTST)で、120-150℃で
2-3秒加熱するのが、超高温瞬間殺菌法(HLT)。「ミルクを先に」入れて
75℃以下の仕上げを狙うのは、加熱を HTSTレベルに抑えるということである。ならば
HTST殺菌のミルクでもいいのではなかろうか。イギリスにはないかもしれないが。
日本では低温殺菌牛乳を買うのはちょっと特別感がある。値段も高いし、そりゃ、美味しいに違いない…。
温度の検証。
イギリスでは一般にミルクを入れる量は紅茶に対して 15%程度とのことだ。今、紅茶:ミルクを 85:15の比率で合わせるとする。ミルクの比重は 1.03で、水に対する重量比と体積比に大きな差はないので考慮しない。
抽出の終わったポット中の紅茶の温度は 90℃、冷やしたミルクの温度は 5℃と仮定する。水の比熱は 4.186 J/g・℃、ミルクの比熱は 3.9 J/g・℃とする。
すると混合したミルクティーの湯温Tは、熱量の保存式 により
(4.186*(90-T)*85)(紅茶がミルクに与える熱量)= (3.9*(T-5)*15)(ミルクが受け取る熱量)
であるから、T=78℃が仕上がり温度となる。 おお、これでは 75度を越えてしまう。
紅茶の温度が 85℃まで下がってから注ぐなら、 T=73.7℃が仕上がり温度となるので、それまで待つのがよさそうだ。ミルクは使う直前まで冷蔵庫に入れておくべき。
ちなみに紅茶 200cc にミルク 30ccを入れた場合は 100:15の比なので、仕上がり温度は
T=79.6℃。これはまずい。紅茶の温度が 85℃になるまで待てば、
T=75.2℃でなんとかなる。
結論として、少なくともポットの温度が 85℃前後に下がっていることを測定・確認してからカップに注ぐべきで、あるいはミルクの量を
15%以上に増やすのでなければこのレシピは成立しない。
ただし、この計算はマグカップの熱容量を考慮に入れていない(熱伝導性も)。するとマグカップも冷蔵庫で冷やしておくといいのか。「ポリスチレン製カップを使わない限りは。」とは、そういう含みなのか。しかし、仕上がりが飲み頃温度を下回っても困るぞ。
あ、それならいっそマグカップを適温(マグカップの熱容量と湯量とミルク比の関数)に冷やしておいて、先に紅茶を注いで温度を下げて、それからミルクを入れた方が好みでミルク量を調節出来て理にかなってるやん? 一気に飲み頃温度に仕上げたらいいやん?
こういうのが科学的議論であろ?
・茶匙を数秒間、紅茶に漬けたまま
周りに人がいるときは日本ではマナー違反。一人で飲むときは問題ないが、そういう習慣をつけないために普段から慎むのが躾けの美学。
仕上がり温度が
75℃以下として、1分で 60-65℃の飲み頃になるのだとすれば、続く
2-3分のうちには飲み頃温度域を外れてしまうだろう。
その間にマグカップを飲み干して、研究に戻るよう促しているのだろうか。保温カップに入れて、蓋をするのはどうだろうか。
・啜り音
熱い茶を「ずずー」と啜って飲むのが日本の庶民の文化習慣だった。しかし紅茶をイギリス文化としていただくなら、マナー違反。
…と思っていたが、ネット・サーフィンすると、緑茶にしろ「とにかくすするな!」が主流派ですか。
以上、たわ言を書き散らしました。完璧な一杯の紅茶を淹れるためにはあえて非日常に踏み込むべし。ティーバッグ措くべし。ポット使うべし。雨に歌うべし。笑覧下され。 -SPS (2025.7.27)
cf. イギリス紅茶のゴールデン・ルール
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