35.ユージアル石  Eudialyte   (ロシア産)

 

 

私の名前は「分解しやすい」(酸に)という意味。もっといい名前にして!

ユージアル石 −ロシア、コラ半島キビナ産

 

ロシア産のユージアル石は、とりわけ赤い。よくモノの本に、ラップランド人の血の色だ、とか書いてある。でも、私はこの話が好きでない。源平壇ノ浦の戦いのあと、恨みを呑んで死んでいった平氏の残念が、カニの甲羅に残っているというのと同類の話に思えるからだ。戦で消えた命の証がいつまでも消えずに残っているのは、なんとしても悲しい。
こんなに奇麗な鉱物なのだから、誰か甘いロマンスとユージアル石の伝説を、新しく作ってくれればいいのに。

標本の白く見える部分は、透明粒状の燐灰石。コラ半島の燐灰石といえば、ソビエト連邦の黎明期に国を挙げて行われた資源探査の輝かしき収穫であり、明るい感動的な話がいくらもあろう。ユージアル石も、仲間入りをさせてあげたい。


ユージアル石の採れるヒビナ(ヒビーヌイ)・ツンドラやロボゼロ・ツンドラには、自らをローピと呼ぶ古い人々が住んでいた(サアーム族・ラプランド族の分かれ)。温和な性質の人々で、魚を漁ったり、牛やトナカイを飼って、平和に暮らしていたが、そこへシベータという荒々しい他国者が入りこんできた。シベータは火縄銃を使い、短刀すらろくに持たないローピの土地をどんどん奪っていった。とうとうローピたちは起ち上がって苦しい戦いを挑んだが、多くの生命が露と消え、ツンドラはほとばしるローピの血で真っ赤に染まったという。戦いの末、ローピは昔ながらの静かな生活を取り戻したが、死んだシベータたちは神聖な湖セイトヤブルのほとりの絶壁で巨石の群と化し、ローピの赤い血の雫は、岸辺に真っ赤な石となって今も残っている。あまりにたくさんの血が流され、拭い去ることができないのだ。

のお話は、フェルスマンの「石の思い出」(1940)に記されている。(邦訳は現在、絶版状態→2005.6新訳版刊行)

cf. No.676 ユージアル石2

補記:北極圏にあるムルマンスクは沿岸を流れる北大西洋海流の影響で緯度の割に暖かく、冬でも海が凍らないので、昔から港湾(漁港&軍港)として栄えてきた。ここはオーロラが見られる町としても知られている。あたりに住むロービ(サーメ人)たちは、オーロラを「先祖の魂が空で踊っている」と言い伝えている。彼らにとってオーロラは火やトナカイと同じように尊いもの。オーロラといいユージアル石といい、彼らを取巻く自然には、いつも亡くなった人たちの心が宿っているのだろう。

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