694.方解石 Calcite (イタリア産) |
日本人はもともと、ひたすら「ブツ」を愛玩するのが得意である。
掌の上のブツに宇宙を観じて、ひがな眺め暮らして飽きない御仁は、むかぁしから誰しものご近所に見受けられて、まわりに呆れられ、もとい、奇特なご隠居として別格に扱われたものである。
江戸時代末期に武蔵孫左衛門吉恵(よしとき)(1766-1861)という人がいた。250石扶持の旗本で、25歳で家督を継いだ。甲府勤番を務めたり、現役中は仕事一筋だった(らしい)が、還暦を迎えて隠居した後は、江戸にあって趣味の本草学・博物学におおいに親しんだ。石寿と号し、天保年間には越中富山藩主の前田利保(1800-1859)が中心になって結成した本草学グループ「赭鞭会」(しゃべんかい)で活躍し、991種の貝類を収録した図譜「目八譜」を編纂した。会には筑前公黒田斉清(1795-1851)のような大名をはじめ、旗本、医師、絵師らが集っていた。
石寿は博物学を「要不急の学」とし、実用になるとかならないとかは二の次、ただ自分の楽しみのためにする学問だと言い切った。新しい貝を採集しては「愛すべし、愛すべし」と繰り返し記した。
作家、辻邦生(1925-1999)は語っている。
「好きなものはぼくたちに力を与えてくれるんです。だって、夢中になってサッカーをしたりスキーをしているときは本当に楽しいでしょう。楽しいということは、ぼくたちのなかに生命力が戻ってきている。」「何が好きだということは、生きる意味をそれが与えてくれているということです。」
氏は好きということ、楽しいということを、その人にとっての「生命のシンボル」と言う。
鉱物愛好家たる我々のシンボルは何か。今さら問うまでもない。
cf. No.446