707.トパーズ Topaz  (パキスタン産)

 

 

トパーズ −パキスタン、ギルギット産

 

「原色鉱石図鑑」(1957)を編纂した木下博士は初版の序に、保育社から原色「鉱物」図鑑の編纂を依頼されたが、いろいろ考えた末に原色「鉱石」図鑑を作った、とお書きになっている。なぜ鉱物でなく鉱石だったのか。

ひとつにはそれがご専門だったから、ということがあろう。氏は東大の地質学科を卒業し、黒鉱鉱床の研究で理学博士となり、図鑑出版当時は九大の教授職にあった。「鉱物は国の宝」であり、「私たちの生活の一切は、鉱物の上に成り立つ」とする氏にとって、産業資源として有意義に活用される鉱物、すなわち「鉱石」という視座は、鉱物の魅力を何よりも際立たせる切り口であっただろう。
「本書は、ただ単に、沢山の鉱物を掻き集めてそれを分類することを目的としたものではない。鉱物の真価を知って貰いたいという望みがあった。」「分類を応用の面から行ったのもそのためである」と述べられている。実際その分類は、(現今の)鉱物図鑑に典型的な化学的構造に基づく体系法(元素鉱物、酸化鉱物、炭酸塩鉱物…)でなく、貴金属鉱物、銅鉱、アンチモニー鉱、窯業原料鉱物、宝石鉱物といった、何を目的に採掘される鉱石かの区分で行われたのだった。

そしてこの「やや斜面に置いて透かして見る」視座から、鉱物のさまざまな産状を俯瞰することによって、「正面から眺めただけでは目につかない」鉱物の美しさ、鉱物だけが持つ不思議な美しさを浮かび上がらせることが出来ると考えられた。
花や虫はどこにあっても(画一的な)美しさを見てとることが出来る。だが鉱物は「土石に包まれ」「冷ややかな岩石の間に挟まって」、なかなかその美しさに気づかれない。また鉱物の特徴はその多様性にあり、「無数の鉱物が無数の形をなし、次々に微妙に変幻するニュアンス、そこに真の美がある」のだ。そんな鉱物の美を読者に伝える希望をも込めて、博士の図鑑は鉱石図鑑として世に問われた、ということである。
「鉱石」は鉱物の社会的価値を示唆するキーワードであると同時に、その美しさへの気づきをもたらすべきアプローチなのだった。

そうして30余年後、90年代の鉱物ブームが到来したとき、海外産標本の美しさに夢中になった人々の一部は、鉱物よりもむしろ耳に馴じみのある「コーセキ」という言葉を好んで口にした。その蠢惑的な響き、どこかしら懐かしさと憧れを帯びる語感に酔った。というのもその頃には、かつて無尽蔵とも思えた鉱石によって国力を支えた日本の(金属)鉱山の多くは、すでにその役割を終えていたからである。
かくて鉱石抒情派には、ある種の(おそらく古きよき戦後昭和期への)ノスタルジィが倍音として響いている。そして彼らが手にする鉱物標本は、たしかに美という価値と商業的価値とを具えた「鉱石」に相違なかった。

画像はトパーズ。図鑑では宝石鉱物に分類され、「わが国に産する唯一の宝石鉱物」とある。(同じ項に宝坂のオパールや小滝村の翡翠も載っているが)

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