785.樹枝状二酸化マンガン Mangan Dioxide (トルコ産)

 

 

opal

dendric opal

樹枝状二酸化マンガン(オパール中) -トルコ、エスキシェヒル産

 

梨木香歩さんの「沼地のある森を抜けて」は、この著者には珍しい、情動的な雰囲気を色濃く匂わせた作品で、私は今のところ彼女のベストではないかとみている。
お話の終わりのあたりに、故郷の不可思議なシマの洞窟の壁が「岩石を割ったような形状」で、「まるで壁紙のように、羊歯模様が点々としている」という描写が出てくる。もとはマンガン鉱床で、模様は「羊歯の化石じゃなくて、軟マンガン鉱の結晶が育ったもの」だという。ヒロインは「鉱物の結晶が、まるで古代の植物そっくりの形状で成長してゆく」という事実にひどく感激する。
そうして一行は生命のあり方に思いを致し、「自分、ということの境界の問題」を語りあう。「自分の上に幾重にも重なった他者があり、自分の身一つが単に自分のみの問題ではなくなっている状態の時、すべては緩やかに一つ、と考えたらどうだろう」? などと。

この羊歯状の結晶は、最初にあった「たった一つの細胞から」「あらゆる生物の系統が始まった」、その枝分かれと広がりとの象徴/メタファーとしても認識される。「岩石の内部に、軟マンガン鉱の結晶が育っていくように、一つの細胞から羊歯状に世界へ拡がりゆく、譲りようのない鉱物的な流れ。私の全ての内側で、発芽し、成長し、拡がるたびに身を裂くような孤独が分裂と統合を繰り返す。解体されてゆく感覚−たった一つ、宇宙に浮かんでいる−これほど近くに接近しようとする相手がいて、初めて浮き彫りになる壮絶な孤独。それを取り込んでいた、積み重ねた煉瓦のように強固な意識の細胞が、その鉱物的な孤独の拡がりと共に、外れてゆく、外してゆく…」

と、引用はここまでにして、しかしながら、鉱物はけして孤独な存在ではなく、単独的なあり方でもない、という観方も可能なことを指摘しておきたい。結晶化の頂上には個性がきらめいている。しかしその根っこはほかの個性たちと深く深く結びついている。

補記:ちなみに鉱床をなすほどではない程度に濃集した地質に生成される二酸化マンガン鉱は、マンガン鉱床のものとは異なり、リチオフォル石 (組成: (Al,Li)Mn4+O2(OH)2)が主成分となっていることが多い。低変成度の泥岩や珪質岩の割れ目に発達する「しのぶ石」はたいていコレという。 

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