798.しのぶ石 Dendric stone (モロッコ産) |
忍草(しのぶぐさ)はウラボシ科のシダ植物である。羽状に数回分裂して広がる葉の形が美しく、夏場の涼を兼ねて軒の下などに吊って観賞する。いわゆる「吊りしのぶ」である。
しのぶ石(忍ぶ石)はその連想に連なる石だ。雲根志は、美濃国養老寺の滝近くに産する火打石の中に、これを破ると忍草の紋の見えるものがあって、忍草石と呼ぶことを述べている。
あおぐろい葉っぱは眺めて涼しくなるものではないけれど、石の間隙に鉱物質を含んだ水が浸透してゆき、析出した結晶が順々に伸び広がってシダ模様を作っていく様子がしのばれる気がする。石の中にひっそりと隠れている(忍んでいる)から、しのぶ石だ、とか言いたくなる。
樹形に成長する石はさまざまあるが、この種の黒色のものはたいてい二酸化マンガン鉱で、(リチウムに乏しい)リチオフォル石が主成分となっているという。ただし結晶度が低い場合が多いので、同定は難しいらしい。
cf. No.785 樹枝状二酸化マンガン。 マンガン成分の樹枝状の沈着にはバクテリア(の増殖〜死滅)が関与しているとの説もある。
補記:柏枝瑪瑙(シノブイシ)と呼ばれる石がある。
補記2:芸予諸島の一、小大下(こおおげ)島はかつてあちこちで石灰岩が掘られていた。石灰岩中の珪質の部分には珪灰石がみられ、真っ白な絹糸光沢を放つ線維状〜放射状の美しいものだという。石灰岩の中に薄く挟まって出るものは、苔のような模様を見せて、「白いしのぶ石」と呼びたいおもしろい標本だ、と宮久三千年博士は述べている。