804.青金石 Lapis Lazuli (カナダ産) |
ハドソン海峡を挟んで北米大陸の北の海域に立ち塞がるバフィン島は、16世紀末から17世紀初にかけて発見された土地である。スペインやポルトガルに遅れること1世紀、海運貿易国家として台頭してきたイギリスやオランダは、当時、中国からインドへ至る西回りの最短航路=北西航路をなんとしても見出そうと、夏でも氷山の浮かぶ極寒の海−グリーンランド南西沖から北米海域−に盛んに船団を送った。フロビッシャーがアジアへの通路と誤ったフロビッシャー湾はバフィン島南東部に口を開けた深い入り江であり、金鉱を目当てに植民が計画された場所であった。(cf.
北西航路と北西鉱石)
その南のハドソン海峡もまた大勢の探検家たちが、太平洋に繋がっているかどうかを確かめるために逆巻く波濤を越えて進入し、奥に広がる複雑な海岸線をくまなく遡った場所であった。
バフィン島は氷河による激しい侵食を受けた起伏に乏しいなだらかな地勢の、剥き出しの岩が顔を覗かせる荒涼の地で、無数の湖が散らばっている。排水系が発達していないため、凍土が解ける夏の2,3カ月間は土地の半ばが水に浸る。土壌が少なく植生は貧しい。野生動物もあまり棲まないが、これは人間が獲ってしまったからだという。しかし海には魚が豊富にいる。夏は蚊の大群が出現する。島の南岸沖にはつねに霧が立ち込めて視界を塞いでいる。
レイク・ハーバーはハドソン海峡に面する南岸の浅い湾部で、北にソパー湖があり、北東方から下るソパー川が湖に注いでいる。ソパー川の北岸にラピスラズリの鉱脈はある。島のイヌイット(エスキモー)はこの青い石を以前から知っていたと言われるが、西欧圏の文献はカナダ地質調査局の
L.デイヴィソンの報告(1959)が最初のものである。1970-71年には
D.D.ホガースが鉱床の詳細な調査を行った。しかしその後、貴石市場に向けて本格的に採掘が行われたという話は聞かない。
ラピスラズリは高度に変成を受けた堆積岩中(ガーネットや雲母を含む片麻岩と大理石と)に産する。堆積岩はもとは蒸発作用を経て沈殿した苦灰石や硬石膏で、15-18億年ほど前に変成が起こったとみられる。鉱脈は幅1mほどの筒状という。共産鉱物には黄鉄鉱(風化して錆びている)、柱石(meionite)、灰電気石、スピネル、石墨、かんらん石、くさび石などがある。ラピスラズリは低品質のものが多く、成分の半ばは透輝石で、青金石は4割ほどである。そのためか長波紫外線で美しいオレンジ色に蛍光する。霜による風化にやられて、ひび割れが発達していることが多い。小さな自形結晶が知られている。
色あいは青緑色から濃青色のものがある。発色の違いが何によるかはあまりはっきりしない。含まれる硫黄成分のイオン状態の違いが影響している(緑色のものはS:SO4比が青色のものより顕著に低い)とも、他の含有成分量の違いによる(緑色のものは
Si, Naが少なめで、Al, Caが多め)ともいわれる。産地は2ケ所あって北側の鉱区には緑色〜青色のものが出るが、1.6km
離れた南の鉱区には青色のものだけが知られる。
今日、標本の入手は博物館の放出を待つ必要があると思われる。