803.黄鉄鉱 Pyrite pseudo@ Marcasite (カナダ産)

 

 

Pyrite pseudo after marcasite

黄鉄鉱 (白鉄鉱後の仮晶) - カナダ、ヌナブト準州、バフィン島ナニシビク鉱山産

 

バフィン島北西端のナニシビクに巨大な金属鉱床が発見されたのは 1911年頃のことである。四半世紀後に鉱区が申請されたが採掘は許可されなかった。1954年にカナダ地質調査局がこの地域の地質図を作成すると、続いて米国企業が豊かな鉱床を目当てにサーベイに入った。(ほかの地域の鉱山開発計画もあったので) 10年以上の準備期間を経て試掘坑が掘られ、1970年に 50トンのサンプル鉱石が運び出された。新たにナニシビク鉱山会社が設立され、そうして 1976年から亜鉛を主体に稼働が始まったのである。副産物として鉛や銀を出した。
北極圏より700km北にある鉱床は永久凍土に封じられており、自形結晶が発達する晶洞を充填するのはガチガチの氷であった。(ならば委細構わず凍った塊を伐り出して、氷を溶かせばOKということか? →追記)。
採掘は通年行われたが、港は海氷で閉ざされるため、運搬船が鉱石を積んでベルギーの製錬所へ送り出すのは7月から11月の間に限られた。冬が来ると12月から1ケ月半ほどの間は昼のない夜の世界である。気温は−50℃まで下がる。反対に夏の2,3週間は白夜となる。外気温は 10数度まで上がるが、地下の坑道は−15℃くらいであった。永久凍土は地下500mに及ぶのである。周囲には鉱山施設のほか何もなく、一般人は近づきようがなかった。

1980年代、標本商のロッド・タイソンは鉱山会社に渡りをつけて、標本の採集と販売とを認められた。以来ナニシビク産の標本が市場に出回るようになったが、黄鉄鉱はその代表格といえる。
黄鉄鉱には六面体、八面体、五角十二面体、偏菱二十四面体などの固有結晶形があるが、これらが複雑に組み合わさって、いずれが優位とも決め難い複合的な形象を見せる。単結晶のサイズは数センチに達した。いわゆる鉄十字(アイアン・クロス)と呼ばれる貫入双晶も出た。鍾乳状に連なった連晶標本もある。
白鉄鉱から変化した標本は風変りな結晶形を示し、よく輝く鏡面状の結晶面を持っている。仮晶としてはほかに磁硫鉄鉱苦灰石の形を留めたものが知られる。要するに極めてバリエーションが豊富なのである。
これらは80年代から90年代にかけて大量に出回ったが、2003年12月に鉱山が閉鎖されると、以降はさすがに勢いを落とした。
ちなみに夏場になると換気口から送りこまれた地表の温かい(湿気を含む)空気が地下坑道の壁一面に霜や分厚い氷の結晶を張り付かせた。晶洞の発見はきわめて困難となるため、標本採集は地表が凍りつく冬場に行われたそうである。

追記:地下で掘り出された結晶標本は、ゆっくりと周囲の温度に馴染ませながら地上に持って上がる必要があった。その間に氷が解けてゆくのだが、急激に温度が上がると結晶が砕けてしまうのである。こうして運び上げた晶洞にはオイルも粘土も詰まっておらず、クリーニングはほとんど必要なかった。

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