881.バサニ石 Bassanite (ハンガリー産)

 

 

Bassanite

バサニ石(バッサーニ石) 石膏を伴う
-ハンガリー、Mecsek Mts., Baranya Co,Pécs, ヴァサス炭鉱産

 

                          

化学薬品には人造品(あるいは合成品)としてありふれていても、天然にはあまり見出されないというものがある。石膏の水分を飛ばして作る焼石膏(半石膏)はその一つだ(cf. No.880)。
手元の化学小事典を開くと、「セッコウ(硫酸カルシウムの2水和物)を数時間 120℃くらいに熱すると半水和物(2CaSO4・H2O)を生じ、一部は無水物となる。この混合物を焼セッコウという。焼セッコウを水と練るともとの2水和物になって硬化する。塑像・歯科用の型や美術品の複製に用いる。」とある。
加熱は工業的には 150〜200℃程度で行われる。一般に185-190℃以上になると無水化が始まるが、この時生じるのはV型と呼ばれる可溶性の無水石膏で、水分を加えると再び石膏に戻る。一方、330〜350℃以上の温度で焼成するとU型と呼ばれる不溶性の無水石膏を生じる(結晶系が異なる)。天然の硬石膏はU型に相当し、水分を加えても石膏に戻り難い。V型の無水石膏は天然に生じてもほどなく石膏化すると考えられる。

人造の焼石膏はα型とβ型とがあり、前者は加圧環境下(加熱水蒸気圧下)で製造され、後者は常圧下で製造される。いずれも常温常圧で湿り気を帯びた空気に触れると、徐々に石膏化してゆく。つまり地表環境で準安定〜不安定な化学物質である。
その天然物が見出されたのは 20世紀に入ってからで、1906年に噴火したイタリアのベスビオ火山の噴出物を調べたツァンボニーニが、白榴石-テフル岩塊の空洞中に発見し、1910年、Bassanite として報告した。ナポリ大学の古生物学者フランチェスコ・バッサーニ(1853-1916)に因む。和名はバサニ石またはバッサーニ石が普通で、焼石膏(半石膏)とは言わない。ベスビオ火山では噴気孔の周辺にも見出されている。蒸発堆積岩中、洞窟堆積物中の産状もあり、石膏・硬石膏・方解石・天青石などを伴う。希産種であり、一般の図鑑に取り上げられることは少ない。

画像の標本はハンガリーの露天掘り石炭鉱山に産したもの。この炭鉱は 2004年に閉山したが、残ったボタ山のいくつかが自然発火して燃焼を続けているという。こうした箇所にアンモニアを含む珍しい硫酸塩鉱物が生じている。バサニ石は白色板状結晶の集合をなすが、石膏として生じたものが熱を受けて部分脱水したと思われる。
入手後、日本の風土を幾年も経過しているから、もしかすると存分に吸湿して石膏化しているかもしれない。

ちなみに九州・筑豊地方のボタ山は、かつて雨が降った後など水蒸気の白煙を発してあたりの田んぼに靄をかけていたものだが、今はそんな風景も珍しくなったようだ。こうした環境ではバサニ石が生じてもすぐに水分が供給されて石膏に戻ってしまうだろう。「日本では確実なものの報告はない」と加藤昭博士は述べている。

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