880.硬石膏 Anhydrite (メキシコ産ほか)

 

 

Angelite

エンジェライト −ペルー (ナスカ地方)産

Anhydrite

アンハイドライト -メキシコ、チワワ、ナイカ鉱山産

 

 

硬石膏(アンハイドライト 組成 CaSO4)は、石膏 (ジプサム 組成 CaSO4・2H2O)の無水物に相当する。

硫黄 Sを含む初生金属鉱物は硫化鉱として存在するのが第一で、硫黄は−2価の陰イオンとして機能し、金属元素の陽イオンと結合して、地底(地下深部)においても地表(地下浅部)においても多様な鉱物をなす。一方、地表(地下浅部)では、硫黄は+6価の陽イオンとなって硫酸基 [SO4]2-を形成することがあり、硫酸基が−2価の陰イオンの働きを担って、やはり多様な硫酸塩鉱物を生じる。
ただ、ここに言う金属は周期表3〜12族の遷移元素であって、1族のアルカリ金属や2族のアルカリ土類金属元素は、ふつう硫化鉱を作らない。硫黄との結びつきは硫酸塩の形をとり、かつ(水分の多い)地表付近において生じるのである。

カルシウムの硫酸塩は2水物の石膏がもっとも安定な形で、地上に存在するのはほぼ石膏である。比べて硬石膏はむしろ稀と言える。石膏の主な産状の一つは太古の海や塩湖が干上がって生じた蒸発堆積岩層で、硬石膏もこれに伴って少量産する。また海底に噴出する熱水からの生成も知られており、黒鉱鉱床に産する石膏鉱の主成分ともなっている。広域変成岩中で沸石に伴う産状もある。塊状で産することが圧倒的に多く、美しい結晶標本はなかなか得難い。

石膏を加熱すると 63.5℃以上で徐々に水分が飛び始め、123℃で 1.5分子を失って CaSO4・0.5H2O となる。半水石膏、焼石膏という。さらに加熱すると 190-200℃で水分を全て失う。これを無水石膏、死焼石膏という。焼石膏(の粉末)は水分を加えると数分で元の石膏に戻って硬化するが、無水石膏は容易に戻らない。ただ放置しておくと徐々に吸水してゆく。
硬石膏は天然の無水石膏である。楽しい図鑑2に「水を加えても石膏にならない」とあるが、これは(いったん生じた)硬石膏が常温常圧で比較的安定だからで(実用上は非水和性)、しかし地質学的な時間で考えるとやはり石膏に戻るのである。また天然環境で石膏が脱水して硬石膏になることもあると考えられている。

硬石膏が知られたのは18世紀の終わり頃で、Muriacite/ Muriazite の名で 1794年に報告されている。その頃カルシウムやマグネシウムの土類は「海水性の土(Muriatic earth) 」 とされ、塩素は海酸と呼ばれていた。硬石膏は海酸性のカルシウムと考えられたのである。
今日の学名 Anhydrite は1804年にヴェルナーが与えた。無水性、の意。もう少し親切に、「無水性の石膏 Anhydrous Gypsum」、「ライム(石灰)の無水硫酸塩 Anhydrous Sulphate of Lime」といった呼び方もされたが、一単語名が原則化してヴェルナーの呼称に落ち着いた。
和名の硬石膏は、硬度2の石膏に対して、硬度が3.5と硬いことに拠る。

炭酸カルシウムである方解石(硬度3)と混同されることがあるが、ひしゃげたマッチ箱形の3方へき開片となって割れる方解石(六方晶系)に対して、硬石膏(直方晶系)は直方体の3方へき開片となる。古来、中国で方解石と呼ばれたのは硬石膏だった、と石薬研究家の益富博士は指摘している。硬石膏には解熱作用があり、今日の方解石には昇温作用があるので、漢方薬文献の解釈を誤ると逆効果の処方を行ってしまう、と堀博士がユーモラスに解説している。
ついでに言うと今日の漢方では、硬石膏より石膏(軟石膏)を用いるのが普通で、内服すると解熱、鎮静、止渇の効果があるとされる。 cf. No.883(本草書の方解石はほんとうに石膏なのか?)

硬石膏は純粋なものは無色/白色だが、しばしば淡赤紫色や淡青灰色に色づいて産する。美しい色の塊が装飾品に磨かれることがある。
ヒーリングストーンの世界ではペルー産の天青色の磨き石がエンジェライト Angelite (天使の石)の名で呼ばれている。1987年頃から商品化されて市場に出回り始め、 90年代に人気があった。その名の通り、高次存在、すなわち天使的精神体や指導霊との交信を仲立ちするものとされていた。
門外漢から見ると、「産地がペルーのナスカ地方→地上絵→宇宙人との通信」、「やや暗みを帯びた空のような青色→天上界→天使の石→高次存在に同調する」といった安直な連想と、商業的思惑とのコラボが見え見えに思えるのだが、そしてあまりにベタな命名に鼻白んだ買い手も多かったと思われるのだが(だってエンジェルだよ?ぴぽぴぽ。)、ともかくパワーストーンの一つとして記憶される石となった。
パワーストーンの能書きはその色彩からの連想が大きく作用し、天青色は静穏、平和、安定、精神の調和、天上的波動といったキーワードと繋がっている。身体のチャクラとの関連では上位側の三つ、喉・第三の眼・頭頂(クラウン)チャクラに作用するとされる。
心身を鎮めて平穏な感じをもたらす効果は、あるいは漢方の解熱作用と一脈通じるのかもしれない。
上の画像はペルー産の硬石膏。下の画像はメキシコ産。エンジェライトの名はペルー産に限って冠されるそうだが、見た目はメキシコ産も同じである。区別するには石の波動を感じるしかないのだろう。

エンジェライトは似た青色を呈する方解石(ブルー・カルサイト)と混同されることがある。カルサイトは一般に「精神の石」とされ、ブルー・カルサイトはグラウンディング、健全さ、鎮静効果、心と魂の安らぎ、霊体への気づき、といったキーワードで語られ、やはり上位側のチャクラと関連づけられる。こうなると青色硬石膏と青色方解石とはあまり区別の必要がないようにも思われる。一般にブルー・カルサイトはエンジェライトよりも透明感が高い。言い換えれば結晶性が高く、同時にへき開性のクラックを伴っている。(対してエンジェライトは緻密な微粒状の集合塊をなすことが多い)。

cf. No.881 (U型・不溶性無水石膏とV型・可溶性無水石膏)

補記:硫酸カルシウムの飽和溶液からの析出は、63.5℃以下の温度では石膏が、それ以上では硬石膏が生じるとされるが、塩化ナトリウムや塩化マグネシウムなどが共存すると、より低温(常温)でも硬石膏が生じるという。

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