102.燐銅ウラン鉱 Torbernite (コンゴ産) |
美しい薔薇には棘がある、というが、放射能を持つ鉱物は、なぜこうも美しいのだろう。
多くのウラン鉱物は、ひと目で、これは放射線出てるな、とピンとくる蛍光がかった独特の緑色や黄色に輝いている。危ないと知りつつ手を出してしまう…。悪女の(あるいはジゴロの)魅力とでもいうのだろうか。
人類は一時期、この美しいウランの色をガラスに託して、生活に取り入れようとしたことがあった。
0.2〜 2%程度のウランを混ぜたガラス装飾器や食器を大量に製造していたのだ。19世紀初頭のヨーロッパ(ボヘミア)で作られ始めたが、すぐにアメリカ大陸にも飛び火して、ガラスで作れるものは皆、同じようにウランガラスでも作られるようになった。実に優美な蛍光がかった黄緑色を呈し、放射能の害なんてあまり喧しく言われなかった時代だから、一時はたいへんなブームだったという。
しかし、1938年にウランの核分裂が発見されると、各国はウランの調達や使用を制限したため、ウランガラスは事実上の終焉を迎えた。二次大戦後、小規模に再開されたが、放射能への懸念が深まって次第に敬遠され、ついに過去の遺物となった。今でも博物館に行けば、ショーケースの中に見ることができるが、やはり遠くにおいて、たまに眺めるくらいが頃合だろう。日本では、岐阜県高山市の「木の国館」に、美しいコレクションがある。
ただ、ウランガラスの出す放射能については、弁明もある。実際、0.1%のウランを含むガラス杯の発する放射線は、人体が発する放射線の量より少ないそうだ。放射能ならなんでもかんでも悪いというのでなく、程度の問題なのだという。
私には、小さなガラス器が、巨大な人体と同じだけの放射線を発しているなら、放射線密度はかなり高いし、器を何個もおいていたらやっぱり危ないのではないかと思えるが、まあ、鉱物標本と違い、触ったからといって、手にウランがつくわけでも、ウランの粉を肺に吸い込んでしまうわけでもない。このあたりは、各人の考えで楽しめばいいのかもしれない。
ところで、ウランが全て崩壊してしまったら、後はどうなるのか。クリスタルガラスになる、と私は想像している(冗談です)。
付記:日本にウランガラスの製法を伝えたのは1899年にアメリカを訪れた若城滝次郎氏とされている。
付記2:本鉱の名はスウェーデンの鉱物学者トービョルン・オーロフ・ベリマン(1735-1784)に因む。1793年記載。Cu(UO2)2(PO4)2・8-12H2O。原産地はボヘミアのヨアヒムスタール。脱水して
Meta-torbernite 準りん銅ウラン鉱(準銅ウラン雲母)になりやすく、中間的なものもある。
燐銅ウラン鉱は10〜12水和物と考えられており、メタ燐銅ウラン鉱は8水和物。燐銅ウラン鉱は透明感のある薄板状の結晶形が普通だが、メタ燐銅ウラン鉱はやや肉厚のブロック状の結晶形をとり透明感に乏しい。
であれば、画像の標本は燐銅ウラン鉱の外観を持っているのだが、実はメタ燐銅ウラン鉱として初生的に生じたもの、と言われている。
付記3:本標本はおそらくムゾノワ Musonoi
鉱山産と思しい。この鉱山の最盛期は
1960-80年代で、稼働中にこのテの美麗品を多産したようだ。
cf. 福島県三春のりん銅ウラン鉱