121.エメラルド Emerald   (オーストリア産)

 

 

緑柱石−ザルツブルク、ハバッハタール産

 

宮崎駿の映画「耳をすませば」(原作 柊あおい)には印象的なシーンがいくつもあるが、鉱物好きの方なら、やはり地球屋の主人西氏が、ヒロイン月島雫に緑柱石を渡すあたりが、一等胸に迫ってくるのではないだろうか(私はそうだ)。

思い出の猫人形バロン・ジッキンゲンを主人公にした物語を書く許しをもらいにきた雫(しずく)に、西老人は、ぼくを最初の読者にして下さいとお願いする。雫が、うまく書けるかどうかもわからない、とためらうと、氏は自分がもっとも大切にしている宝物のひとつに託して、彼女の歩みを導くのである。

「そうだ、いいものを見せてあげようかな。これこれ。見てごらん、雲母片岩という石なんだがね。
その割れ目をのぞいてごらん。そう、そうして…」
(老人は、ペンライトを灯して、標本の背後でゆっくりと揺らす。緑柱石を透した緑色の光が雫の顔に当ってくるくる廻る。)

「わあ〜、きれい…」

「緑柱石といってね、エメラルドの原石が含まれてるんだよ。」

「エメラルドって宝石の?」

「そう。雫さんも聖司もその石みたいなものだ。まだ磨いてない自然のままの石。私はそのままでもとても好きだがね…。しかし、バイオリンを作ったり、物語を書くというのは違うんだ。自分の中に原石を見つけて、時間をかけて磨くことなんだよ。手間のかかる仕事だ…。その石の一番大きな原石があるでしょう?」

「はい…」

 「実はそれは磨くとかえってつまらないものになってしまう石なんだ。もっと奥の小さいものの方が純度が高い…、いや、外から見えない所にもっといい原石があるかもしれないんだ…。いやあ、ははは、いかん、いかん。歳をとると説教くさくていかんな。」

いいのよ〜、説教くさくても。どんどん薀蓄を垂れてくださいな。よだれを垂らして伺いますわよん。

ちなみに、私はこの映画を見た頃、「あの緑柱石の標本は、(当時よく出回っていた)ロシアのウラル地方産に違いない」と踏んでいた。雲母片岩の中に出来るエメラルドなら、それがぴったりだと思ったのである。しかしその後、「いや、やっぱりオーストリア産と見るべきだろう。」と思い直した。
オーストリアはかつて、ヨーロッパでほぼ唯一のエメラルド産地として知られていた土地である。古い時代の鉱山跡が今でも残っている。なかでもザルツブルク州のハバハタール(ハバックタール)は有名で、毎年多くのコレクターたちが採集に訪れているという。往時はザルツブルク大司教の管理下にあり、ハプスブルク王家のマリア・テレジア(マリー・アントワネットのお母さん)を始め王侯貴族たちは皆、この地のエメラルドで身を飾った。

欧州に遊学した若き日の西老人は、芸術の香りも高いオーストリアの、光美しいアルプスの小道を恋人のルイーゼと歩きながら、小暗い谷間でこの石を拾ったに違いない。雫に託したのは、氏の青春の思い出が込められた標本だったのであろう。

cf. ヨアネウム収蔵標本

補記:エメラルドはダイヤモンドよりも古い時代から宝石として扱われてきた石とみられ、エジプトではBC4-5,000年期の王墓や遺跡から見つかっているという。有名なクレオパトラ鉱山は 1818年に発見されたエメラルド鉱山跡で、BC17世紀頃の道具が出た。広域変成作用による雲母片岩や滑石片岩中に産する。
オーストリアのハバッハタールはこれに次ぐ古い鉱山といわれ、ローマ時代から知られていた。

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