ひま話 ヨアネウム その2 オーストリアの鉱物 (2014.6.22)


車で山手に向う道すがら、「オーストリアはなぜスキー競技があんなに強いんでしょうね?」と同行の日本人が訊く。「どこでも車で30分も走ればスキーが出来るから」とスティリア人が答える。オーストリアは山がちの国で至る所青山あり、かつ冬になれば冠雪する雪国なのだ。誰もが学校でスキーの授業を受ける。人口は少ないけれどスキー人口の絶対数は大きい。裾野が広いので頂点が高い、と。

オーストリアはシュタイアーマルク(スティリア)州、チロル州、ザルツブルク州、ケルンテン(カリンティア)州など、9つの連邦州で構成されている。中南部から西部にかけてアルプスが広がり、そのことが各地に名産鉱物を誇る理由のひとつになっている、と思われる。シュタイアーマルクやケルンテン(ローマ帝国時代のノリクム)は、古くから鉄(鉱石)の供給地として知られていた(cf.鉄と鋼の話2)。パラケルススゆかりの古い鉱山町フィラッハはケルンテン州にある(cf.No.653)。

ヨハネウムに収蔵された大量の標本の中には、今日でも詳細な分析が続けられているものがあって、いくつかの新鉱物が発見されている。シュタイアーマルク州原産では Trattnerite (トラットナー石/ ストラドナー・コーゲル産/ 2002年)や Klochite (クレーヒ石/ クレーヒ産 /2007年)、またケルンテン州境のヴァインベーネ山地からヴァインベーネ石( Weinbeneite 1992年)が記載されている。
珍しいところではチリ、イキケ産の標本から発見された Ammineite(アンミン石 [CuCl2(NH3)2] / 2008年)がある。自然界に錯体化合物の組成を持つ鉱物はごく稀にしか存在しないが、アンミン石は初めて発見されたアンミン錯体鉱物である。また2012年には同じ産地の標本から [Cu(C3N3O3H2)2(NH3)2] の組成を持つ鉱物が報告され、ヨアネウムに因んで Joanneumite (ヨアネウム石)と命名された。現在知られているアンミン錯体鉱物はこの2種のみである。(追記:同じ産地から Chanabayaite (チャナバヤ石)/2013年、 Shilovite (シーロフ石)/2014年、 Triazolite (トリアゾレート石/2017年)が記載されて、銅アンミン錯体の鉱物は5種になっている。)

 

ザルツブルク州ハバッハタールのエメラルド 

こういう標本を見ると、やはり「耳をすませば」のエメラルドの原石はこの産地のものだといいたくなる。cf.No.121
ここに紹介する標本はいずれも古典的鉱物であって、現在も供給が続いている。「伝統をたやさない、というのも、文化の一つのあり方だと思う」と堀博士は楽しい図鑑2・天藍石の項に述べているがもっともで、ヨーロッパはそのあたりの厚みがすごいと思う。実際グラーツの旧市街をそぞろ歩いていても、街角のあちこちに歴史の重みと文化の層を感じないわけにいかない。

ザルツブルク州ヴェルフェンのラズライト(天藍石) 

スティリア産の鉱物展示(地域別)。中央の天青色の石はグラーツ産の天藍石(Lazulite)。


解説によれば、 18世紀末に Krieglach に近い Fressnitzgraben (フレスニッツグラーベン)で発見された本鉱が 1795年に新鉱物 Lazulite として初めて報告されたため、本鉱はスティリアが原産であるとのこと。(命名は古ドイツ語の lazurstein 「青い石」に因む)cf.No.227

ザルツブルク州ウンターズルツバッハ、クナッペンヴァンド(鉱夫の壁)産の緑れん石とアミアンス


この産地の緑れん石の巨大な美晶は、1865年、地元の山岳ガイドによって発見されたという。アミアンスは毛状の透閃石で、アルプス一帯の名産品。

チロル州ハルの石膏

ドイツやオーストリアには各地に岩塩坑があるが、チロル州のハル(ハル・イム・チロル)もそのひとつ。HalleまたはHall はケルト語の塩を示す言葉で、町の北方9キロのハルタール(塩谷)は 1232年の文書にすでに採掘場として記録されている。塩泉の水は町の貯水池まで引かれて、そこで塩釜を用いて精製された。製塩業は数百年間に渡って町の基幹産業だったが、1967年に終焉した。石膏などの塩類鉱物の美晶を産した。町の紋章は2匹のライオンが中央に塩樽を抱えて並び立つものである。

チロル州ファサ、カンピテーロのぶどう石

ファサはイタリアとの国境の山地で、イタリア側ではヴァル・デ・ファサと呼ばれる。ファサ輝石はこの峡谷に因む。美しいぶどう石が出て、装飾用石材として市場に出回っているそうだ(見たことないが)。 

チロル州 Pfitsch(プフィッシュ)産のルチル イタリアとの国境付近で、イタリア側はヴァル・ディ・ヴィッツェ。

チロル州 geyer産のチロル銅鉱

チロル州北部のシュワーツ、ブリクスレグあたりが原産の銅の砒酸塩二次鉱物。チロルの石の花。1845年記載(楽しい図鑑2によると 1817年)。

ケルンテン州ローベン産の輝安鉱。扇状の集合が美しい。

ケルンテンはケルト語に由来する言葉とみられており、語源は諸説あるが、そのひとつは石や岩を意味するカラント karanto。紀元前にはケルト人のノリクム王国があった。州面積の半ばは標高1000mを超える山地で、人がほとんど住んでいないエリアである。

古い自然史博物館のお約束。市ノ川の輝安鉱

スティリア式製錬炉 steirischer floßofen の模型 1780年  (高炉の一種)

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